303 / 715
夜明けの星 3-17(夏樹)
「ん~……ちょっとマズいかもな~……」
早朝にも関わらず急いで駆けつけてくれた斎が、夏樹の隣で眠っている雪夜の頭を優しく撫でながら呟いた。
昨夜も遅くまで裕也と三人で話しをしていたので、斎はほとんど寝ていないはずだ。
斎さんは「慣れてるから大丈夫だ。気にすんな」と笑っていたけれど、こんなことなら、いっそ泊って貰えばよかった……
「……もしかして過去のことでも思い出しちゃったんですかね……」
夏樹は手枕をして雪夜の背中をトントンしながら、ベッドの端に腰かけている斎を見上げた。
本当は雪夜の傍でこういう話はしたくないのだが、雪夜がしがみついて離れないので仕方なく添い寝をした状態で話していた。
「お前の話だと、今までの発作とは様子が違うみたいだしな。怯え方も、言葉も……」
「病院でパニック起こした時に似てましたけど……」
「でもここには白衣を着てる医者も看護師もいない。ってことは、他に何か怯える要因があったってことだ」
「……緑川?」
「まぁ、それはきっかけの一つだろうな。昨日、発作を起こした時に何か引っかかることがあって記憶に影響が出たのかもしれないし……とりあえず、しばらく様子見てみるか。一時的に過去の記憶が出て来ただけで、目を覚ましたら忘れてるかもしれないし」
「そうであって欲しいですけど……山口の件もあるから……」
「山口の件な……それについては裕也の方から報告があるって言ってたから、もうちょっと雪ちゃんが落ち着いたら連絡してみるか」
「はい」
忘れていて欲しい……緑川のことも、今回の発作のことも……
雪夜は新学期が始まって2か月余り、ようやく学校生活に慣れてきたところだ。
これからの季節、雪夜の苦手な雷雨も増えるし、海や山、川に関する情報が街中に溢れて来る。
つまり、トラウマを刺激する要素がどんどん出て来るということだ。
いくら対策を取ったとしても、完全にシャットアウトすることは出来ない。
だから、せめて今だけでも……少しくらい平穏に過ごさせてやりたい。
それなのに、どうしてこんなにうまくいかないんだろう……
***
「――ところで、緑川のことがあった後って、雪ちゃんはお前に『怖かった』とか『嫌だった』とか言ったか?」
「……聞いた覚えはないですね……泣くことは出来てたけど……」
緑川の件の後は、雪夜は夏樹や佐々木たちに気を使ってばかりで、「もう迷惑かけないようにちゃんと家にいるから、俺ひとりで大丈夫」が口癖になっていた。
雪夜が自分を責めているのは夏樹も佐々木たちも気づいていたので、雪夜が気にしなくていいようにいろいろと手を尽くしてはいたのだが……
「緑川に関しては雪ちゃん、自分のせいだから仕方ないって思い込んでるところがあるよな」
「……そうですね……」
「んじゃ、雪ちゃんが正気に戻ったらひとまず『怖かった』って言わせてみろ」
斎が自分で入れたコーヒーを飲みながら気軽に言い放った。
「……簡単には言わないと思いますよ?隣人トラブルの時だってなかなか本音を言わなくて苦労したんですから……」
というか、泣くのだって、夏樹が促してやらないとなかなか泣けないくらいなのに……
「それを言わせるのがお前の役目だろ?恋人なんだから、どうにかして言わせてみろよ」
「どうにかして……ですか」
「お前が出来ないなら俺がやってもいいけど?」
「ええっ!?いやいや、自分でどうにかしますよっ!!」
思わずガバッと起き上がりかけたが、雪夜が胸元で唸ったので慌ててまた横になる。
「……言わせることで、何か変わります?」
「さあな。でも、自分のせいだからってひとりで抱え込もうとすると、次に発作が起きた時には今回よりも酷くなって、それこそ余計な記憶まで思い出しかねない。過去のトラウマを癒すのは時間がかかるし、まだはっきりわからないから下手に動けないけど、緑川の件はわかってるんだから、とりあえず出来ることからしていくしかないだろ」
「そうですね……」
「ま、試しにやってみろよ。ダメならまた別の手を考えればいい」
「……はい」
出来ることから……少しずつでも……か。
さて、どうやって言わせようかな~……
***
ともだちにシェアしよう!