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夜明けの星 3-18(雪夜)
「あれ~?雪ちゃん先輩もう大丈夫なんだ?」
雪夜が教室に入るとさっそく山口が声をかけてきた。
「っ!?……あぁ、うん。もう大丈夫だ」
一瞬身構えてしまったが、佐々木に背中を軽く叩かれて何とか返事を返した。
「あ、これ休んでた間のノートのコピーね」
山口がコピー用紙を渡して来た。
雪夜が再履修している科目はほぼ山口と被っているので、こういう点は助かる。
「ありがと。助かるよ」
「どういたしまして。で、何で佐々木先輩がここにいるんすか?」
「雪夜を送って来たんだよ。じゃあな、雪夜。また終わったら来るから。具合悪くなったらすぐに連絡してこいよ?」
「うん、ありがとね佐々木」
佐々木は、ふっと笑うと雪夜の頭を撫でて教室から出て行った。
***
久々の発作でだいぶ不安定になっていたものの、今回は何とか5日間で落ち着くことが出来た。
こんなに早く落ち着けたのは、夏樹さんのおかげだと思う。
一時的に正気に戻った俺に、夏樹さんは緑川先生の件について詳しく話を聞いてきた。
夏樹さんに聞かれたのは、俺がホテルに連れ込まれた日、緑川先生と何があったか。
……あの日のことは、夏樹さんには部分的にしか話していなかった。
夏樹さんには話していないこと、話せなかったこと……それを話して欲しいと言われた。
そんなの……言えるわけない!と、だいぶ抵抗したが、俺が夏樹さんに勝てるわけもなく……
結局、若干記憶が曖昧なところはありつつも、覚えていることは全部ぶちまけた。
ぶちまけて、思いっきり泣いて、思いっきり……抱きしめてもらって――……
なんかとりあえず、スッキリした!!
そこで雪夜は、まだ少し不安定だが、夏樹のおかげでちょっと心が軽くなって精神的に落ち着いた(気がする)ので、今日は大学に行きたい、と夏樹にお願いをしたのだ。
あんまり休むと、佐々木たちと一緒に卒業できなくなっちゃうからね……今年は多少無理してでも行かないと!!
再履修科目の時間は佐々木たちが教室まで一緒について来てくれて、朝夕は、以前のように夏樹さんが大学まで送迎してくれることになった。
それに、夏樹さんの配慮で、白季組の人がこっそり傍で見守ってくれることになって、佐々木たちが傍にいない時でもこの間みたいに山口と二人っきりにはならないようにしてくれている……らしい。
俺……またみんなに迷惑かけてるな……
今回は白季組の人たちまで巻き込んじゃって……どうしよう、何かもうホントにいろいろごめんなさいっ!!
山口に何かされたわけではない。
むしろ助けて貰ってばかりだ。
発作を起こした時も佐々木に連絡してくれたし、佐々木の注意をちゃんと聞いて雪夜には触れて来なかった。
じゃあ一体どうしてこんなに山口を警戒しているのか……雪夜自身わからない……
そんなあやふやな……ただの雪夜のワガママにみんなを巻き込んでしまっていることが申し訳なさすぎる……
「……なぁ、雪ちゃん先輩、この間迎えに来てくれた人ってさ――」
佐々木がいなくなると、山口が少し声を潜めながら雪夜に話しかけてきた。
発作のせいで雪夜は朦朧としていたのであまり覚えていないが、夏樹が迎えに来てくれた時に山口もまだ傍にいたらしい。
山口が話している途中で教授が入って来た。
「あ、講義始まるぞ」
「え!?ちょっとくらいいいじゃんか!なぁ、あの人って……」
「前向け、前」
「え~……もぅ!」
講義の最中は私語はしない。
雪夜のスタイルを知っているので、山口も渋々口を閉じた。
***
講義が終わると、佐々木が廊下で待っていてくれた。
佐々木も相川も別の講義が入っている時は、白季組の人が迎えに来てくれることになっている。
「あ、ちょっと待ってって!俺も一緒に昼飯食っていいだろ?」
佐々木と食堂に向かう雪夜を、山口が追いかけてきた。
「……何のために?」
「昼飯食うため」
山口がいつもの飄々とした顔で答える。
「なぁ、お前って別に俺に構わなくても友達いっぱいいるだろ。ノートのコピーとかは感謝してるけど、講義以外でわざわざ年上の俺らと一緒にいる必要ないと思うけど?」
「え、だって雪ちゃん先輩と俺って付き合ってることになってるし?逆に一緒にいないと変に思われちゃうだろ?」
「……は……?」
「……え?」
山口の言葉を聞いて、佐々木と二人でしばしフリーズした。
「……え、お、お前何言ってんの?」
雪夜は、ようやく言葉を絞り出した。頭が混乱して頬がピクピクと痙攣する。
誰と誰が付き合ってるって……!?
「ほら、初めて会った時に、絡まれてるところを助けただろ?あの時、雪ちゃん先輩に絡んでた奴らが雪ちゃん先輩のこと女だと勘違いしてたの覚えてる?」
「……あぁ、そうだな」
「あのやり取りを見てた周りの子たちが、雪ちゃん先輩は俺の彼女だと思ってるわけよ。だから、あれ以来変に絡んで来るやついないだろ?」
んん?
「……いやいや、待て!だって、そりゃ俺は他の子とはほとんど話をしないけど、それでもグループ学習の時とかには少しは会話するし、何より名前だって……」
「雪の夜で雪夜 だろ?みんな雪夜 って読むんだと思ってるみたいだな」
「……な……っ!?」
新学期始まって約二ヶ月。
衝撃の事実に雪夜は口をあんぐりと開けたまま、思考を停止した。
そんな雪夜の隣で、佐々木も展開についていけなくて固まっていた――……
***
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