305 / 715
夜明けの星 3-19(雪夜)
「あれ?おーい、雪ちゃん先輩?佐々木せんぱーい?」
あまりに二人が動かないので、山口が戸惑った顔で二人の顔の前で手を振った。
俺と山口が付き合ってるって……なんでそんなことになってんだ?
そりゃまぁ……他の子とは最低限の会話しかしてないけど!!
っていうか、なんで俺を女の子だと思うの!?だって、学祭の時は化粧したりウィッグつけたりしたから女の子っぽくなってたけど、普段はもちろん化粧もしてないし髪だってそんなに長くないし――……
その時、雪夜と佐々木の背後からやってきた相川が、固まっている二人の間に入ってきて、二人の肩を抱き寄せた。
「へいへいへ~い!おっまたせ~!!みんなの相川君だよ~~~ん!!なになに~?みんな俺のこと待っててくれたの~!?」
相川が良い感じに雰囲気をぶち壊してくれたおかげで、まず佐々木のフリーズが融けた。
「いや、別にお前を待ってたわけじゃないけど」
「ちょっと!?そこは嘘でも「そうだよ」って言ってくれるとこじゃねぇの!?」
「すまん、お前の戯言 は後で聞いてやる。とりあえず、山口、その話詳しく聞かせろ!」
「え?何の話してたの?」
「あ~もう!相川はいいから!後で話してやるからちょっと黙れ!」
「ひどっ!!」
文句を言う相川を無視して、佐々木が雪夜の背中に手を回した。
「ひとまず、移動するぞ。ここにいると目立つ!!」
食堂の入口近くで固まっていたので、さっきから周囲の視線が痛い。
佐々木は放心状態の雪夜の背中を押して、食堂に入って行った。
***
「――なるほど、周囲が勘違いしたのはわかった。で、お前はどうしてそれを否定しないんだ?」
昼飯を食べながら山口から改めて話を聞いた佐々木が、こめかみを押さえながらため息を吐いた。
「え?だって否定する必要ないし?」
「雪夜は男だぞ!?」
「俺は別に雪ちゃん先輩なら男でもイケそうな気がするけどな~」
「そんなこと聞いてねぇよ!そうじゃなくて、雪夜が女だと勘違いされてるところをちゃんと正せよ!」
佐々木が山口にビシッと箸先を向けた。
「ん?……そこ!?え、雪ちゃん先輩たちが気にするのはそこなんだ!?」
「当たり前だろ。他に何を気にするんだよ」
「え、いや……じゃあ俺と付き合ってるっていうのはいいんすか?」
山口は、雪夜たち三人から訝し気な目を向けられて困惑しながら首を傾げた。
「だって、付き合ってないの知ってるのに、何で気にしなきゃいけないんだ?」
佐々木があっけらかんと言い返す。
いや、待って佐々木!?俺はちょっと……いや、かなり気になるんだけど!?
雪夜は佐々木の発言に内心動揺しながらも、佐々木のことだから何か考えがあるのだろうと思って、山口の前では何でもないような顔をした。
「え~と……うん、まぁそうだけど……え、じゃあもうこの際、雪ちゃん先輩ホントに俺と付き合ってみる!?」
調子に乗った山口が、ちょっと身体を乗り出してにっこり笑いながら雪夜の手を握ってきた。
一瞬背筋が凍り付いた雪夜は反射的にその手を思いっきり机の角に叩きつけた。
「……~~~~ってぇええ~っっっ!?」
「断固拒否っ!!気安く触んなっ!」
「即答!?っていうか、今のマジで痛ってぇ~……!」
山口が腰を折り手を押さえながら呻いた。
「何で俺がお前と付き合わなきゃいけないんだよ!ふざけんなっ!」
「なんだよぉ~ちょっと言ってみただけじゃんか~」
「そもそも手を握るなっ!痛いんだよっ!」
「そういや雪ちゃん先輩、その手もしかして……」
雪夜の手のひらには、絆創膏が貼ってあった。
先日の発作の時に思いっきり握りしめていたせいで、手のひらに爪が食い込んでしまったのだ。
傷口はだいぶ治ったけれど、それでもまだチクチクと痛む。
「今日のノート、ほとんど取れてないよな?」
「……それがなんだ?」
山口の言う通り、実は文字を書くのも一苦労で、ほとんどノートは取れなかった。
他の講義は佐々木たちにノートを見せて貰えるから、手が治ってから写させてもらえばいいけど……
「あ、じゃあさ、俺と付き合ってくれたらノート見せてあげるってのはどうよ?」
「……は?」
「ノート取れてないんだろ?それに、また休んだ時とかもノートのコピー取ってあげるし、俺と付き合うとメリットありまくりじゃね?」
山口が名案とばかりに、嬉しそうに手をポンと叩いた。
うん、こいつは一体何を言い出すんだろうね?
「そんなのメリットでも何でもない。お前と付き合うくらいなら今年度のこの科目の単位を捨てて、一年留年して来年取り直す!」
「ちょっ、そこまで!?俺、今までだって雪ちゃん先輩にノートのコピーとかあげてただろ!?」
「うん、それに関しては感謝してる。でもこれからは山口と付き合わないとコピーしてくれないんだろ?」
「え?……あ~……そういうわけじゃないけど……別にいいじゃんか、雪ちゃん先輩彼女いないだろ?」
「お前だっていないだろ?」
「だから、ちょうどいいじゃな――」
「あ~もう、鬱陶しいっ!!」
雪夜と山口のやり取りを黙って聞いていた佐々木が、ガタッと立ち上がりスパーンと山口の頭を叩 くとイラついた声で怒鳴った――……
***
ともだちにシェアしよう!