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夜明けの星 3-22(夏樹)

 雪夜は風呂から上がると、もうウトウトし始めていた。  こういう時は、髪を乾かしながら軽くヘッドマッサージをしてやると、あっという間に寝落ちする。 「雪ちゃん寝ちゃった?」  夏樹が、雪夜の背中を撫でながら携帯を弄っていると、控えめにクマのぬいぐるみが喋った。 「そうですね、もう夢の中です。やっぱり疲れたんでしょうね」  胸元に抱きついている雪夜を見ると、気持ち良さそうな顔で爆睡していた。  発作を起こした後は、心身ともに負担が大きい。  夏樹は本当はまだ休ませておきたかったのだが、雪夜が「今年はなるべく休まずに講義に出たい!」と言うので、渋々大学に行くのを承知したのだ。 「そか、じゃあ話していいかな?」 「どうぞ」 「え~とね、あの後……――」  夏樹と雪夜が去った後、佐々木から連絡を受けた裕也は山口の後を追った。 「もうね、ヤングは本当に出来た子だよ~。僕の相棒になってもらいたいくらい!」  着信を見た時の山口の様子が気になった佐々木は、電話に出るように促した時、山口の肩を軽く叩いて、裕也から預かっていた小型盗聴器を仕込んだらしい。  ちなみにこの時、素人なら大抵、盗聴器を肩に貼り付けてしまう。  肩を叩くついでに貼り付けるのは簡単だが、用心深い相手の場合はすぐに気づかれる可能性がある。  だが、佐々木は、肩を叩いたのはフェイクで、その隙にリュックの底につけたというのだから……裕也さんが欲しがるのもわかる。 「おかげでだいぶ距離を取って話しを聞くことが出来たから、山口も気づかなかったみたい」  盗聴器はその後、裕也が回収済みだ。 「電話の相手は?」 「それがね、ポンコツ探偵だったよ」 「今まで連絡取る様子はなかったのに?」 「その謎も解けたよ」 ***  ――佐々木たちから離れて人気(ひとけ)のない建物の裏に向かった山口は、周囲を警戒しながら電話に出た。 「もしもし……叔父さん、俺に直接かけて来ないように言ったはずですよ?」  先ほどまでとは口調も態度も別人のようになった山口が、若干イラ立ちを含んだ声で返事をする。 「報告なら父にするので、いつものように父から話を聞いてくださ……ええ?……あ~もう!わかりましたよ!……え~と、はい、上代雪夜(かみしろゆきや)は現在、あの夏樹という男と一緒に住んでいます。本人曰く、恋人同士らしいですよ。……いえ、男同士です。……まぁ、そういうことですね。それより、上代が身体が弱いだなんて聞いてないですよ!?持病がある場合は、先に言っておいてくれないと……え?叔父さんも知らなかった?……じゃあ、依頼者の方に文句言っておいてくださいよ!とりあえず、これで俺の仕事は終わりですよね?報酬はいつものところに振り込んでおいて……はぁ!?夏樹の方ですか?あれは無理ですよ!ざっと調べたけど全然情報が掴めないし、あいつは手を出しちゃいけない感じが……わかりましたよっ!一応もう少しだけ調べてみますけど――……」  携帯を投げ捨てそうな勢いで通話を切ると、壁にもたれて座り込んだ山口は、舌打ちをし、頭を抱えながら悪態を吐いた。 「ぁんの……クソ叔父っ!!ついでに夏樹も調べとけ、とか簡単に言うなっつーの!……上代自体は鈍感で世間知らずのお坊ちゃんって感じだけど、あいつの周りがヤバすぎる!佐々木も相川も変に勘が良いし、夏樹なんて……ありゃ只者じゃねぇぞ……なんだよさっきのあの圧はっ!目が全然笑ってねぇし、俺、目で()られるかと思った……。上代のこと調べ始めてから何か嫌な視線も感じるし、絶対深入りしちゃダメな案件だろこれ……。もぉ~マジで勘弁してくれよ~……俺は簡単な依頼だっつーから引き受けたのに……危ない橋を渡るつもりはねぇぞ~!?――」 *** 「――だそうでっす!」 「……ふむ……なんというか……山口って……独り言がスゴイっすね!ヤバくないですか?」 「ヤバいよね~。何か、友達少なそうだもんね~」 「……ぶはっ」 「……ぶふっ」  的外れな会話をしていることに気付いて、同時に吹き出した―― ***

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