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夜明けの星 3-29(雪夜)

――およそ1時間後。 「ぅっぷ……もう食べられない……」  雪夜は、大きくなったお腹を擦りながら椅子の背に体を預けた。 「もういいのか?まだ残ってるぞ?」 「雪くん、これは?一口くらい食べてよ~!」 「ごめ……休憩させて……ちょっとトイレ!!」  雪夜は、まだ食べさせようとしてくる兄二人を振り切って、トイレに駆け込んだ。  ケーキは美味しかった。  本当にめちゃくちゃ美味しかった。  でも、できれば一個ずつ、ゆっくり味わいたかった……作ってくれた人すみません……  重いお腹を抱えながら個室に入って、蓋をしたまま便座に腰かけた。  あ、そうだ……佐々木たちに連絡しなきゃ……  ケーキの山に圧倒されて、とにかく食べることだけを考えていたので、携帯を見ていなかった。 「うわっ!」  画面を見ると、佐々木たちと夏樹からの着信履歴で埋め尽くされていた。  佐々木たちも心配してるだろうけど……先に……  雪夜は夏樹に電話をかけた。 「もしもし!雪夜っ!?」  1コールで出た夏樹の声を聞くと、かなり心配していたことがわかった。  ぅぅ……のんきにケーキ食べてましたなんて言えない雰囲気…… 「あ、あの、夏樹さん。すみません、俺っ……」 「今どこにいるの?無事?大丈夫?」 「あ、はい。だ、大丈夫です!えっと、今は――……」  夏樹の勢いに押されて、聞かれるままに店の名前と場所、連れて来られた経緯などを説明した。 「え、ケーキを8個も!?」  バースデーケーキ8個の話を聞いた夏樹が、呆れたような声を出した。 「ぅっぷ……すみません。そうなんですよ、なぜかケーキを大量に食べる羽目に……」 「ちょ、大丈夫?っていうか、全部食べたの!?」 「いやいや、さすがに全部は……兄たちにも手伝ってもらって、雑談で時間稼ぎをしつつ何とか6個は食べましたけど……もう無理ぃ~……」  本当は2個でもうお腹いっぱいだったが、二人がどんどん勧めてくるので、何とか無理やり……ケンカにならないように3個ずつ食べた。 「はは、そかそか、大変だったね。それじゃ、今から迎えに行くね」 「え!?あの、でも今は兄たちが一緒に……」 「……お兄さんたちと実家に帰る?」 「……え?」  実家に……帰る?  夏樹に聞かれるまで、そんなこと全然頭になかった。   「えっと……」  え、待って……夏樹さんはどういう意味で言ってるの?  実家で兄さんたちと一緒に過ごすのかってこと?  それとも……兄さんたちが迎えに来たんだから、この機会にもう家に帰れってことなのかな……? 「あ……の……」 「雪夜はこの後、どうしたいの?お兄さんたちが帰ってきてるってことは、今晩は実家の方でもごちそうを用意して待ってるのかな?」 「ごちそう……?」  あれ……?  実家でごちそう……待ってる……マッテル?  ダレガ?――――や?雪夜!?大丈夫?」 「ぇ……あ、はい……ちょっと……頭が……」  何かが引っかかる。  だけど、その何かがわからない。  考えようとしたり、思い出そうとしたりするとまた(もや)がかかる。 「……やっぱり今から迎えに行くよ。お兄さんたちにも挨拶したいし」 「……へ?ええ!?で、でも……あの……」 「俺と付き合ってることは話したくない?」 「そんなことは……!ただ、心の準備が……」  頭が若干痛んだけれど、夏樹が兄に挨拶をしたいと言うのを聞いて、それどころではなくなってしまった。  夏樹さんのことを話したくないわけじゃないけど……兄さんたちに紹介するって……どうやって紹介すればいいの!?  そもそも、俺がゲイだって兄さんたちは知らないし……いや、いつかは言わなきゃとは思ってたけど、でも…… 「わかった。俺が行くまでに心の準備しておいて」 「えええ!?ちょ、夏樹さ――……」    その時、トイレの入り口のドアが開く音がして、急いで口を押さえた。 「雪く~ん?大丈夫~?」  慎也の声だ。  雪夜がなかなか帰ってこないので様子を見に来たらしい。 「あ、はーい!大丈夫!」 「気分悪いとか?」 「ちょっと食べ過ぎただけ!……でも、大丈夫だから、もう出る!」 「食べすぎちゃった?胃薬飲むかい?うちの病院行って出して貰う?」 「いやいや、大丈夫!うちの病院って遠いし!」 「それもそうか、この近くだと~……」  慎也が個室の前から動く気配がないので、雪夜は携帯をポケットに押し込むと慌てて扉を開けた。 「ホントに大丈夫だから!それに、胃薬なら市販ので十分だし!ね!?」 「そうかい?じゃあ、行こうか。美味しい紅茶が待ってるよ!」 「ぅ゛……わ、わぁ~ぃ……」  本当はもう水分だって一滴も入る余地はないのだけれど……  雪夜は頬を引きつらせながら、泣き笑いの顔で慎也の後ろをついて行った。 ***

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