316 / 715

夜明けの星 3-30(雪夜)

「あの、それで、兄さんたちは何で日本に?」  雪夜は、紅茶を飲むフリをしながら兄たちに問いかけた。 「ん?それがね、今回は二人とも日本の学会で発表してくれないかって依頼があってね――」  慎也が言うには、どうやら二人ともそれぞれの分野で日本の学会に招待されたらしい。  そして、二人とも母国の学会に出ると言うと、職場のみんなから少し休みを取って家族でゆっくりしてこいと言われたらしい。  っていうか、普通に「へぇ~」って聞いてるけど、『がっかい』って……何?  お医者さんの学芸会……ってわけじゃないよね?アホの子だと思われそうで聞けない……  よし、後で夏樹さんに聞いてみよう! 「えっと、じゃあ何日かこっちにいられるの?」 「あぁ、学会の日も入れて二週間の休暇だ」 「達也兄さんは二週間、僕は20日間の休暇だよ」 「そんなに!?」 「まぁ……普段ほぼ休みなしで働いているからな」  二人は普段、休暇どころか睡眠時間もほとんどないくらいに働きづめらしい。 「学会での発表の準備に数日かかるし、学会の後には懇親会とやらにも呼ばれているが、それが終われば完全に休暇だ」 「まぁ、発表の方法とかはそんなに向こうと大差ないと思うけど、一応資料の整理とか……あ、兄さん、発表の時って――」  二人が『がっかい』の話で盛り上がり始めたので、雪夜は少し落ち着いて来たお腹を撫でながら紅茶を一口含んだ。 ***  そっか……兄さんたち、しばらくこっちにいるのか~……  ケーキでそれどころじゃなかったが、考えてみると兄たちがそれぞれ海外に行ってから、日本に帰国したのは今回が初めてだ。(まぁ、だから大量のケーキを食べることになったのだが……)  達也が日本を発ったのは、雪夜が高校生になった頃。慎也は、その2年後だ。  しばらく会っていなかったのに、何だか全然そんな気がしないな~……  大学に入ってからは、佐々木たちや夏樹さんが傍にいてくれたからかな? 「――は楽しいか?」 「え?あ、はい!なに!?」  お腹がいっぱいになって、ちょっとウトウトしかけていた雪夜は、突然達也から話しを振られて、慌てて背筋を伸ばした。  子どもの頃、椅子の背にもたれていると「行儀が悪い!」と達也によく叱られたので、もう身体が条件反射で覚えてしまっているのだ。 「だから、大学は楽しいかと聞いてる」 「えっと、はい、楽しいです!そうだ!あのね、俺、大学でいっぱい友達が出来たんだよ!」 「……友達が?」 「うん!」 「どんな奴だ?名前は?どこの出身だ?家族構成は?親は何を――……」 「ちょ、え……?」  なんでそんなこと聞くの!?俺の友達なのに…… 「ちょっと失礼」  雪夜が達也の質問攻めに戸惑っていると、唐突に雪夜の背後から手が伸びてきた。   「ひゃっ!?」  その手が雪夜の首筋をスルリと撫でた。  ビックリして変な声が出てしまったが、イヤな感じはしなかった。  だって……この手は…… 「だ、誰だおまえは!?今日はこの店は定休日だぞ!?」 「あぁ、そうみたいですね。お気になさらず。雪夜、こっち向いて?」 「な、夏樹さん!!いつの間に!?」 「うん、お待たせ。まったく、だいぶ無茶して食べたんでしょ!ちょっと微熱出てるよ?」  夏樹がふっと微笑んだ後、眉間をキュッと寄せて、雪夜の頬を両手で包み込んだ。 「だって……」 「お、おいっ!私の弟に勝手に触るな!!」  夏樹の言動に呆気に取られていた達也と慎也が、ようやく我に返って席を立った。  達也が無造作に夏樹の肩を掴もうとする。が、その手は夏樹に触れることなく宙をかいた。  夏樹は達也の手をさっと避けて雪夜の隣に立つと、雪夜の肩を抱き寄せて達也と慎也に向き直った。 「どうも、初めまして。夏樹 凜(なつき りん)です」 「夏樹?……っ!」  達也がハッとした顔で「お前がっ……」と呟いた。 「雪夜とは同棲しています。今後ともよろしく。」 「な、夏樹さんっ!?」  それ、今言うの!?  そういえば、さっき「俺が行くまでに心の準備をしておくように」って言われたんだった!!  どうしよう!準備……準備って何ぃいいいい!? 「同棲……だと?」 「雪くん、ホントなの?」  達也と慎也が同時に雪夜を見てきた。  二人の視線が痛い…… 「あの、あの、えっと……ほ、ほんと……です」 「だいぶ年が違うみたいだが、なぜおまえみたいなのと……」 「あなたたちよりは若いですよ」 「そういう問題じゃないっ!!」 「だいたい、俺のことはもう」 「え?」  雪夜は思わず夏樹の顔を見た。    もう知ってるって、どういうこと?夏樹さんと兄さんたちって、初対面だよね? 「山口……本名は滝川巧(たきがわたくみ)でしたっけ?あいつを使って雪夜やその周辺を探らせてたみたいだし、今回もあいつを使って雪夜を呼びだしたみたいですし?」 「んん?え、ちょっと待って!?山口って、え、本名って……えええ!?」  山口って嘘の名前だったってこと!?  そうだっ……そう言われてみれば、さっきだって山口に急に手を引っ張られて、兄さんたちのところまで連れて行かれたんだった!!  っていうか、兄さんたちが山口を使って俺のことを探らせてたって、どういうこと!?  雪夜は、困惑しながら夏樹と兄たちの顔をキョロキョロと見比べた。 ***

ともだちにシェアしよう!