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夜明けの星 3-32(雪夜)

「雪夜は普通の男の子ですよ」  言葉に詰まって俯いた雪夜の代わりに、夏樹が少しイラ立ちを含んだ声で達也たちに反論した。 「普通じゃないところがあるとすれば、同年代の誰よりも、断然雪夜の方が可愛いってことくらいですっ!」 「そ、そんなことはわかっている!私の弟なんだから当然だっ!」 「雪くんは誰よりも可愛いんだよっ!!」 「じゃあ、何が問題ですかっ!?」 「決まっているだろう!?ゲイだってことだっ!……いや……いや、違う……雪夜はゲイじゃない!ゲイなんかじゃないんだっ!こんなはずじゃ……雪夜は世間知らずだから……お前みたいな男に騙されて……お前がっ、お前が雪夜を……っ!!」  達也が夏樹の胸倉を掴んでそのまま壁に押し付けた。  夏樹なら()けれたはずなのに、なぜか避けずに押されるまま後退し、壁に押し付けてくる達也を微妙な表情で見下ろした。  医者にとって、特に手術をする外科医にとっては、指は命の次に大事な商売道具だ。  だから、達也が夏樹を殴るようなことはしないだろう。  だけど、今にも殴り掛かりそうな兄の形相に驚いて、雪夜は達也の腕を引っ張った。 「ちがっ……違うの、やめてよ兄さん!!夏樹さんは悪くないっ!!ノンケだった夏樹さんを騙して嘘ついて無理やり付き合って貰ったのは……俺なんだよっ!!俺が……俺が悪いのっ!!俺が普通じゃないからっ!!……俺……普通じゃなくて……ごめんなさいっ……兄さんたちみたいに、立派じゃなくてごめんなさいっ……」    夏樹さんのせいじゃないんだ……巻き込んだのは俺の方で……っ    雪夜が涙を堪えて必死に訴えかけていると、慎也が雪夜の肩を掴んでクルリと後ろを向かせた。 「雪くん、雪くんは悪くないよ!?雪くんが嘘吐いて騙したって、そう言ってあの男に脅されてるの?大丈夫、雪くんはゲイなんかじゃないからね!!兄さんたちがいるからもう大丈夫だよ。一緒に帰ろう。何があっても兄さんたちが守ってあげるからね。あの男のところになんて帰らなくていいんだよ!」 「……え?」 「今回は、兄さんたちは数日しかいられないけど、父さんに頼めばまたちゃんとした家を探してくれるだろうし、ボディガードをつけることだって出来る。それに、達也兄さんもそろそろ日本に帰ってきて父さんの病院を手伝うように言われているんだ。そうしたら、また達也兄さんと一緒に暮らせるよ。僕だって後数年したら帰って来るしね!だから、もう大丈夫なんだよ!」  慎也が、雪夜を安心させるようににっこりと笑った。 「なに……言ってるの……?」  兄さんたちと一緒に暮らせる……?それは、家族だから……もちろん嬉しい。嬉しいよ?  だけど……  夏樹さんのところに帰れない……帰らせてくれない……?そんなの……イヤダ!!  だって、夏樹さんがいないと……俺は……  雪夜は得も言われぬ恐怖心と強い不安感に襲われた。  慎也が何か言っているけれど、何も聞こえてこない。  夏樹さんから。  そのことだけが頭の中で何度も繰り返されていた――……   ***

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