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夜明けの星 3-33(夏樹)

「や……だ……いやだっ!!なつきさんとかえるっ!!」  思うところあって、黙って達也の恨み言を聞いていた夏樹は、突然聞こえてきた雪夜の叫び声に顔を上げた。  雪夜が少し離れた場所で、もう一人の兄に何やら言い聞かされていたことには気づいていた。  だが、達也の声の方が大きくて、雪夜が何を言われているのかまでは聞こえなかった。  その達也も驚いた顔で雪夜と慎也を見た。 「雪くんっ!!そこには帰らなくていいんだって!兄さんたちがいるから大丈……」 「やだやだやだっ!!なつきさん、いっしょがいいっ!!いっしょがいいっっ!?」 「雪くん……?ちょっと落ち着こう?ね?」 「なつきさんとかえるっ!!なつきさんがいいっ!!」  慎也が雪夜の背中を擦ろうと手を伸ばすが、雪夜が顔を横に振ってイヤイヤをしながら慎也の手を振り払った。 「慎也、何をしてるんだ!!雪夜を落ち着かせろ!興奮させるなっ!!」  達也が若干焦った声で慎也に怒鳴る。 「わかってるよっ!!……ね、雪くん。落ち着いて、大丈夫だよ」 「やだっ!!なつきさんっ!!なつきさんがいいっ!!」 「うん、そうだね、わかった、わかったから、雪くん!落ち着いてお話しよう?ちょっと深呼吸してみようか――」  雪夜は完全にパニック状態で、あの手この手で落ち着かせようとする慎也の言葉など何も聞こえていない様子だった。 「ぅ~ん……っだめだ、全然聞こえてない。こんな状態じゃ薬も飲ませられないし……安定剤打たなきゃだめだな、兄さん、救急車呼んで下さい!!」 「わ、わかった!」 「待てっ!!そんなもの呼ばなくていいっ!」  夏樹は軽く舌打ちをして、胸倉を掴んでいた達也の手を無造作に振りほどくと、雪夜のもとへと向かった。 「ったく、医者だっつーから任せてたのに全然使えねぇな。ちょっと退()けっ!」 「なっ!!あ、ちょっと、今は危な……」  止めようとする慎也を押しのけて、パニックを起こしている雪夜を抱きしめた。 「雪夜、俺はここにいるよ~。はいはい、怖くない怖くない。大丈夫。夏樹さんだよ~。ほら、こっち見てごらん?」  ここにはタオルケットがないので、自分が着ていたジャケットで包み込むと、雪夜の顎を掴んだ。  パニックになった時にタオルケットなどで包み込むのは、雪夜が暴れにくくするためと、夏樹の匂いのするもので包むと落ち着きやすくなるからだ。 「ゆ~きや、俺の方見て――」  雪夜は叫びすぎて過呼吸発作も起こしかけていたので、夏樹はさっさとで落ち着かせることにした。 「パニックを起こしてる時にそんなこと言っても……って、ちょっ……ぇえええ~~~~っ!?」 「おい!お前、何をっ……~~~~~~っ!?」  雪夜の兄たちが顎が外れそうなほど口を開けて、声にならない声を出している姿が視界の隅に入って来たが、今は正直そんなことどうでもいい。  慎也がついていたのでしばらく静観していた分、対処が遅れた。  もう少し早い段階なら、言葉だけでも落ち着かせられたのに……というか、ホントこいつら医者のくせに使えねぇ!!! *** 「……っん……ふ……っ」 「っ……雪夜、大丈夫?」  雪夜が大人しくなったところで、口唇を離して額をコツンと合わせる。  視線が合うのを確認して顔を離すと、胸元に抱き寄せた。 「なつ……しゃん……?」 「うん、落ち着いた?」  夏樹の胸にぐったりともたれかかり、とろんとした目で夏樹を見上げて来る雪夜に、思わず口元が緩んだ。 「おれ……おれ……なつきさんとかえりたい」 「ん?うん、もちろんだよ。一緒に帰ろうね」  そういえば、さっきもずっとそう言っていたな。  兄たちに、俺との同棲を反対されたのかな……?  その前にはゲイを否定するようなことも言われたし……  雪夜が発作を起こしたのは、恐らくそれらが原因だろう。  雪夜の兄たちが、雪夜がゲイであることを全否定したことについて、夏樹の本音としてはその場で二人とも殴り飛ばしたかった。  だが、ゲイを否定している時の二人の様子が気になった。  夏樹には、何となく、二人が雪夜に「おまえはゲイじゃない」と言うのには、偏見以外の理由があるように見えたからだ。  とはいえ、雪夜の前では聞けないし…… 「おれ……おれね、なつきさんがいいっ!」  雪夜は落ち着いてからもずっとこの言葉を必死に繰り返していた。    んん゛っ!!  はい、ぶっちゃけ可愛いっ!  だって、これって……兄よりも俺を選んでくれたってことだよね……?   「ありがと。俺も雪夜がいいよ。雪夜と一緒にいたい」  押し倒したい気持ちをぐっと堪えて微笑むと、雪夜の額に口付けた。   「ひんっ……っく……」 「よしよし、ちょっと眠ろうか。疲れたよね。大丈夫。ちゃんとに連れて帰るからね」  雪夜が夏樹の胸に顔を埋めて泣き始めたので、そのまま眠るよう促す。  夏樹が連れて帰ると言ったので安心したのか、しばらくすると寝息が聞こえてきた。  さてと……問題はこっちだ。  夏樹は軽くため息を吐くと、固まっている雪夜の兄たちに向き合った――…… ***

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