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夜明けの星 3.5-4(夏樹)
「え、誰もいないって……どういうことですか?住所が間違ってる?」
「ううん。その住所にはちゃんと上代の所有する家があるんだよ。表札も出てる。だけど、人が住んでる気配がない。ガスや水道のメーターも全然動いてないんだ……」
「え、じゃあ、雪夜の家族はどこに?他にも家があるんですか?」
「うん、そういうことだね。上代は、病院のすぐ近くにマンションを借りてる。お兄ちゃんたちは帰国後、それぞれホテルに泊まってるよ」
病院のすぐ近く……それはまぁ利便性を考えればわからんでもないが、なんで兄たちはホテルに?……あれ?
「ん?ちょっと待ってください……母親は?」
「行方不明」
「は!?行方不明って……え、もしかして上代に……」
一瞬イヤな予感が過ぎった。
「いやいや、そんな物騒な話じゃないよ。まだ生きてる……はず。ただ、上代のマンションに一緒に住んでいないのは確かだよ」
「じゃあ、上代は誰と住んでるんですか?愛人?」
「いや、一人だね。しばらく張り込んでみたけど、どうも愛人がいる様子はない。病院とマンションの往復で、食事もコンビニ弁当一人分。もちろん、病院内で誰かに手を出してる様子もないよ」
完全に淋しい中年の一人暮らしの図だ。
「どうして雪夜の母親は一緒にいないんですか?」
「う~ん……報告書に雪ちゃんのお母さんのことも書いたけど……」
「えぇ……読みました。でも、もう元気なんですよね?雪夜は大学に入って一人暮らしをするまでは家族と暮らしてたみたいですし……一人暮らししたのは、自分がいると両親がイチャイチャできないからって……」
「うん……まぁ、あの家に雪ちゃんたちが住んでいたことがあるのは本当みたい。でも、少なくともここ数年は空き家状態だね。一応、雪ちゃんのお母さんが今どこにいるか、およその見当はついてるんだよ。でも、それについてはまだ裏が取れてないから、もうちょっと待ってね」
「わかりました……」
まさか、実家に誰もいないだなんて……
雪夜は実家がそんなことになっているとは、たぶん知らないはずだ……
「ホテルに滞在しているということは、雪夜の兄たちは、実家がそういう状態だと知っていたということですよね?」
「ん~?まぁ、そういうことだろうね」
「そうじゃなきゃ、久々の帰国なんだから、普通は実家に帰るだろうし……」
つまり、雪夜だけが知らないということだ。
雪夜が急に帰省したら……とか考えなかったのだろうか……?
それとも、雪夜が帰省することはないとわかっていた?
***
「上代親子は一体何をどうしたいんだ……」
夏樹が頬杖をついて唸ると、
「あははは、まぁ、謎が多いよねぇ。でもさ、僕たちだって、他人から見れば謎が多いと思うよ~?」
裕也があっけらかんと笑った。
「え?」
「なっちゃんの経歴だって、白季組のことや、実家のことをだいぶ弄ってあるからねぇ。山口も雪ちゃんの周りをいろいろ調べてたけど、なっちゃんについては僕の作ったフェイク情報に見事に騙されてたよ。まぁ、山口如 きの腕に負ける僕じゃないし~?」
裕也が得意気にふふんと鼻を鳴らす。
たしかに、言われてみればだ……
夏樹だけじゃなく、兄さん連中も、詩織の龍ノ瀬 組や白季組 との関わりについては、傍からではわからないように情報を弄っている。
もちろん、兄さん連中が詩織さんや瀬蔵 たちと関わりがあるのは、こっちの世界では有名だが……それでもわざわざ情報を弄るのは、余計な火の粉を避けるために必要だからだ。
みんな何かを隠して生きている……
誰にだって、知られたくない事の一つや二つはあるし、近しい人だからこそ話せないこともある。
誰かのことを全て知ろうとするなんて、ひどく無粋で滑稽な行為だ。
わかってる……わかってるんだ……
それでも……俺は雪夜の過去を知る必要がある……雪夜を守るために――……
***
「痛っ!!」
真剣に考え込む夏樹の眉間を、裕也がグリグリと押して来た。
「なんですか!?」
「なっちゃんの~眉間に~しわが~増えちゃうよ~~~!!」
「はい?」
「も~、今からそんなんじゃダメだよ~?あのね~、しわは怖いんだよ!?ホントに!!出来てからじゃお手入れしても間に合わないんだからっ!!」
夏樹は、人さし指を立てて、真剣な顔で話す裕也に向かって首を傾げた。
「え、な、何の話ですか……?」
「だ~か~ら~!しわだよ、し~わ~!」
そういうと、また夏樹の眉間をグリグリしてきた。
「痛てて、わかりましたって!押さないでっ!裕也さん爪刺さってる!!」
「はは、まぁ、そんな顔にもなるよな」
裕也とのやり取りを見ていた斎が、苦笑した。
「でもな、ナツ、これはあくまでも過去の話だ。いくら胸くそでも、今更どうにもできない。大事なのは、これからだって、おまえも言ってただろ?とりあえず、この過去と雪ちゃんの今の記憶とをすり合わせて、何がトリガーになり得るかとか、雪ちゃんが思い出した時に、どう対処するべきかとか、そっちを考えていかなきゃな」
「……ですね」
斎に言われて、ハッとする。
そうだ……今までは、なるべく過去を思い出させないようにしていたけれど……これからは雪夜の記憶が戻るのを前提に考えていかないと……
何がトリガーになったかがわかれば、少しは対処の方法も……
「はい、ドーン!」
裕也が夏樹の隣に座って、肩をぶつけて来た。
「ぅわっ!あ、斎さんすみません!」
裕也は軽くぶつけて来ただけなのだろうが……夏樹は勢いに負けて反対側に座っていた斎の上に倒れこんだ。
「ぅおいっ!こら、ユウ!俺がこっち側にいること忘れんなよ!せめて、酒を置いてからにしろ!零れただろうがっ!」
斎が夏樹越しに裕也に文句を言う。
夏樹が押し倒したせいでグラスが揺れて、手に少しだけ酒が零れたらしい。
むしろ、それくらいですんだのがスゴイと思うが……
「ユウ、とりあえず退け!野郎二人分は重い!」
「え~?いっちゃん鍛え方が足りないんじゃないの~?まったく、しょうがないな~」
ブツブツ言いながら、裕也が夏樹を引っ張り起き上がった。
***
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