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夜明けの星 3.5-5(夏樹)

「えっと……結局何だったんですかね……」  起き上がった裕也は、夏樹たちの視線を華麗にスルーして、急いでモニターの方に走って行った。  誰かから連絡が入ったらしい。 「おまえがまた考え込んでたからだよ」  斎がおしぼりで手を拭きながら、夏樹をチラッと見てふっと笑った。    ……いや、だって……考え込むなって方が無理だろ…… 「しょうがねぇなぁ~……優しいお兄さんが、元気にしてやろうか?」  混乱して頭を抱える夏樹を見かねて、斎が意味深に笑った。 「え、な、何ですか!?」  “元気”と言われて、夏樹は思わず股間を隠した。  斎さんには憧れてるけど、俺は雪夜の方が…… 「ばぁ~か!下ネタ(そっち)じゃねぇよっ!おまえ浩二の影響受けすぎ!」  呆れ顔の斎にペシリと頭を叩かれる。 「痛っ……じゃあ、何ですか?」 「……ん~?そのうちに自分で気づくだろうと思って、言わなかったんだけどな。どうやら、おまえまだ気づいてねぇみたいだから……」 「え、俺が気づいてないこと?」  俺が元気になりそうなことで、俺が気づいてないこと……?  なんだ? 「全然思い当らないんですけど……何かありましたっけ?」 「ここ。よく読んでみろ」  斎が渡して来た報告書は、雪夜がプールで溺れた頃のものだった。 「これが何か……?」 「そのプールの場所は?」 「え?」  斎に言われて、場所を見る。  そこは、夏樹もよく知っている場所だった。   「このプールって……たしか、龍ノ瀬組の……」 「そそ、詩織さんのところの――……」 「あ……え?ってことは、もしかして……」  雪夜が溺れた日付を確認して、パッと顔を上げた。 「え、こと?」 「こと」  斎は、驚いて口を開けたままぼんやりとしている夏樹を、さもおかしそうに眺めていた。 「あ~……って、何で斎さんが知ってるんですか!?」 「はぁ?そりゃ、あの時、俺らもいたし。むしろ何でおまえが気づいてないんだよ。プールの場所と年月日みりゃわかるだろ?」 「そ……うですけど……え……ちょっと……気づいてたなら教えてくださいよおおおおおおおおおお!!!」 「いや~、自分で気づいた方が嬉しいかな~って」 「……本音は?」 「自分に嫉妬してるおまえを見るのが面白かったから!」  そう言うと、斎がにっこりと笑った。 「くっそぉおおおおおおおおおお!!!」  夏樹はソファーに突っ伏した。 「どうだ?元気でたか?」 「出ましたぁああ~~~~!!出ましたけどぉおおお……っっっ!!」 「そうかそうか。って、何だよ、その顔は」  夏樹の顔を見て、斎が吹き出した。  自分でも変な顔をしているんだろうな~と思う。  だって、兄さん連中に遊ばれていたのが、こんな大事なことに自分で気づけなかったのが、めちゃくちゃ悔しい。  だけど、それ以上に嬉しい……嬉しくて照れくさくて……どんな顔をすればいいのかわからない…… 「っっんだよっ!!!雪夜のって俺じゃんかあああああああ!!!!!!」  夏樹は両手で顔を覆って叫ぶと、またソファーに倒れこんだ。 「ははは、良かったな」 「良かったけどぉおお~……――」   ***  斎に言われて、はっきりと思い出した……――  雪夜が溺れたプールは、詩織のが経営するホテルのプールだった。  そのホテルのプールは、基本的に宿泊客か、会員しか利用できないようになっていたのだが、その頃、女性の利用客にをしようとする、質の悪い男たちがいるという苦情が出ていたため、夏樹がバイトがてら調査を依頼されていたのだ。    雪夜がこのホテルに来ていた理由はわからないが、この日たまたま、その問題の連中の近くを通りかかってしまい、ふざけた男たちにプールに突き落とされて溺れてしまった。  だが、ちょうど夏樹がその連中を監視していたため、すぐに助けに入ることができたというわけだ。    あの時、夏樹は連中を捕まえることしか頭になくて、子ども(雪夜)を助けたことはついでくらいに思っていた。それに……    あ~……あの時のね……確かに可愛い……え、待って、あの時の子って……だったの!?  雪夜は小柄だったので、年齢よりも幼く見えたし、髪も長めで……めちゃくちゃ可愛らしかった。  ……つまり夏樹は、ずっとを助けたと思っていたので、すぐに雪夜と結びつかなかったのだ。  それに、夏樹ははないので、可愛いとは思ったものの、その時はそれ以上の感情を抱くこともなく、すぐに忘れてしまった…… 「俺、あの時の子は、女の子だと……」 「うん、そうだな。おまえ女の子だと思ってたよな~」 「ちょっと……もしかして、斎さん、あの時点で気づいてたんですか!?」 「男の子だってことには気づいてたよ?」 「マジっすか……」  雪夜を助けた後、夏樹はちょうどプールに遊びにきていた斎たちに雪夜を任せて、自分は雪夜を突き落とした男たちを捕まえに行った。  戻った時にはもう雪夜は家族と一緒に帰っていた。  雪夜と話したのは、雪夜が目を開けた時に一言二言……  たったそれだけのことを、雪夜は記憶の上書きをされても、忘れずに覚えてくれていたのだ。 「うわ~……え、ちょっとマジ凄くないっすか!?ヤバい!!どうしよう!!」  ようやく初恋の謎が解けて、じわじわと喜びが込み上げてきた。  じっとしていられなくて、立ったり座ったりを繰り返していた夏樹は、そんな夏樹を見てクスクス笑っていた斎に抱きついた。 「斎さああああああん!!嬉しいぃいいい!!」 「ぅおっと……はいはい、嬉しいな、良かったな!」  斎が苦笑しながら夏樹の背中をポンポンと撫でる。 「こ~ら、ナツ。顔ヤバいぞ。ニヤニヤしすぎだ。おまえその顔で雪ちゃん迎えに行くつもりか?」 「へ?いや、さすがにそれはしませんけど!少しくらい喜んだっていいでしょ!」 「ははは……それじゃあ、もうそのニヤけ顔のままでいいから、今後について考えるぞ~」 「は~い――……」  斎に言われて慌てて、ちょっとだけ表情を引き締めた――…… ***  過去は過去。いくらムカついても、その場に戻って何かしてやれるわけではない。  雪夜の過去を知れば知るほど、押し寄せて来る無力感に、やるせなさと悔しさでいっぱいになる。  でも、今の話でそんな気分が一気に吹き飛んだ。  我ながら単純だなと呆れるが、雪夜の過去に自分が関わっていて、それが雪夜にとって良い思い出として残っていることが、ただ純粋に嬉しい。  少し希望(ひかり)が見えた気がした――   ***

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