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夜明けの星 3.5-6(夏樹)
「おかえり!」
佐々木たちと歩いてくる雪夜に軽く手を振る。
「ただいまです!」
夏樹を見つけた雪夜が満面の笑みで駆け寄ってきた。
それだけで、一日の疲れが吹っ飛ぶ。
いや、今日は仕事行ってないけどね。
***
――雪夜と付き合い始めた頃から、この瞬間が好きだった。
週に一回の待ち合わせ。
少し不安そうに歩いてきていた雪夜が、夏樹を見つけた瞬間、パッと花が咲くように笑って……目が合うと頬を染めて視線を泳がせながら駆け寄ってくる。
週末でどれだけ疲れていても、その笑顔を見れば何となくホッとして……
いつからか、週一じゃなく、毎日見たいと思うようになった――……
***
「それじゃ、また明日な~」
「雪ちゃん、まったね~!」
「うん、またね、佐々木、相川!」
雪夜が佐々木たちと挨拶をしている間に、一緒についてきた護衛係の橋本が、夏樹に報告に来る。
「――異常なしっす。失礼します!」
「あぁ、いつもすまねぇな」
橋本には、外で夏樹に話しかける時は小声で、頭も下げるなと言ってある。
大声で挨拶をされて頭を下げられると、目立ちすぎるからだ。
「はいはい、また明日な~!さ、帰ろうか」
夏樹は、橋本の報告を聞き終わると、佐々木たちと話し込もうとする雪夜の腰に手を回して引き離した。
雪夜たちの会話が終わるのを大人しく待っていると、いつまでたっても終わらないのだ。
***
「――夏樹さん、何かありましたか?」
「ん?なんで?」
歩き始めてすぐに、雪夜が夏樹を見上げて遠慮がちに聞いてきた。
「あ、いえ……なんとなく……」
盛大に泣いた痕は、もう残っていないはずだ。
何より、斎のおかげでテンションが上がっていたので、にやけすぎないように表情を引き締めるのが大変なくらいで……
それでも、雪夜は夏樹の変化に気付いたらしい。
というか、むしろ機嫌が良すぎるから気になったのかな?
「う~ん……ちょっとね。いろいろあって……」
夏樹は、うなじを掻きながら苦笑いをして誤魔化した。
本当は……ちょっとどころじゃなかったけどね。
自分でも感情を持て余して……過去のことについては、まだ軽く混乱していた。
「え、大丈夫ですか?」
「うん。……うん、雪夜がいるから、大丈夫だよ」
雪夜が傍にいてくれるなら、雪夜が隣で笑っていてくれるなら……
「そ、そうですか?」
「でも家に帰ったら、抱きしめさせて?」
まだ心配顔の雪夜に、ちょっといたずらっぽく笑いかける。
「えっ!?……あ、は、はい」
雪夜が頬を染めて、視線を逸らした。
んん‟~!可愛いっ!
***
「……あ、そういえば雪夜、晩飯……ん?え、ちょ、なになに?どうしたの?」
しばらくして、晩飯のリクエストを聞こうとした夏樹は、急に雪夜にグイグイと建物の陰に押し込まれた。
戸惑う夏樹をよそに、雪夜はキョロキョロを周囲を見回し、誰もいないのを確認すると、夏樹の胸にギュっと抱きついてパッと離れた。
「……ぁあああのっ……今はこれで!……す、すみません……えっと……」
俯いてもごもごと言い訳をする雪夜は、首筋から耳まで真っ赤になっていた。
え~~……なにそれ……
~~~~~っあ~もぅっ……!!
「……ふはっ、はは、ありがとう!」
「ふぇっ!?ななな夏樹さんっ!?」
夏樹は雪夜を覆い隠すようにして抱きしめると、そっと口唇を重ねた。
雪夜が外でイチャつくのは苦手だから、なるべく夏樹も外では自重している。
その雪夜が、自分からこんなことをしてくれたのは……きっと俺のためだ。
「雪夜、愛してるよ」
軽いリップ音を立てて口唇を離すと、頬を摺り寄せ耳元で囁いた。
『アイシテル』
本当はそんな言葉じゃ伝えきれない。
だけど他に言葉が見つからなくて……
きみがここにいる奇跡――……
きみが笑っている奇跡――……
きみと出会えた奇跡――……
愛しくて、恋しくて、切なくて、哀しくて……
これ以上口にすれば、泣いてしまいそうで……ぐっと奥歯を噛みしめた。
「んっ……ほぇっ!?あっ……の……お、おおお俺もっ……―― ……よ?」
雪夜がほとんど聞こえないくらいの声で囁いた。
「ふふ、うん、ありがと」
はにかむ雪夜に、夏樹も微笑み返した。
「よし、早く帰ろう!!ここじゃ続きが出来ないっ!」
「えええ!?続きって……あの……ええ!?」
「晩飯、簡単なのでもいい?ん~……簡単なメニューでいいなら、今ある材料で何とかなるはず」
「え、あ、はい。それはいいですけど……」
「よ~し、それじゃ今日は買い物せずに帰ろ~!」
「な、夏樹さん!?何か急に元気にっ……ちょ、え?待ってえええっ!!――」
夏樹はアタフタしている雪夜の背中を押しながら、家路を急いだ。
***
ねぇ、雪夜?
雪夜の初恋の相手が俺だったって知ったら、雪夜はどんな表情をするだろう?どう思うかな?
俺は、飛び上がりたくなるくらい嬉しかったよ。
雪夜が俺を拾ったのは、ちゃんと意味があったんだって、雪夜の中には俺がずっといたんだって、知ることができたから……
覚えていてくれてありがとう。
好きになってくれてありがとう。
あの日あの時……雪夜を助けることができて、本当に良かった。
特別なことなんかなくていい。
これからも、ただ、こうやって笑って過ごせる日々を、穏やかに過ぎていく時間を、雪夜と共有していければいい。
できるだけ長く……長く……――
***
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