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SS1【黄色い幸せ】

「あっ!」  何度目かのきみの悲鳴。  ――「卵を割る練習がしたい」と言うきみにキッチンを明け渡してから、かれこれ30分。  ソファーに座って雑誌を読みながら、きみの悲鳴に苦笑していた。 「大丈夫?」  の雑誌越しにキッチンをチラ見して、声をかけた。 「だ、大丈夫です!」  きみが卵を割る度に、潰れた黄身がドロリと落ちる。  真剣な眼差しで卵を掴む。  慎重にヒビを入れ、慎重に親指をヒビに押し込む。  慎重すぎて、なかなかうまくできないらしい。  ボールに落ちた殻の欠片を取るスキルは、順調に上がっているようだ。 「あっ!」  また殻が入ったかな?  ふと、きみの視線を感じて顔をあげた。   「ん?どうし……」 「見てっ!やっとキレイに割れました!」  雑誌を放り出し、キッチンに急ぐ。 「どれどれ?」  得意気なきみを背後から抱きしめつつ、ボールを覗き込むと……  きみの指差す先には、黄色い海に真ん丸の黄身が一つ。 「おお!やったね!」 「はい!」  1パック分の黄身と、きみの笑顔。  10個入りにしておいて良かった…… 「よく頑張りました」  きみのこめかみに軽く口付けながら、思考を巡らす。  さてと、晩飯は……   「こ、この卵……どうしましょう?」  急に我に返ったきみが、不安気に見上げて来る。 「ん?そうだな~……でっかいオムレツ作ろうか」 「でっかいオムレツ!?すごい!ご馳走ですね!」 「手伝ってね」 「はーい!」  きみの笑顔が一番のご馳走。  きみと食べる、黄色い幸せ――…… ***

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