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夜明けの星 4-2(雪夜)

「これは、降ってきそうだなぁ~」  相川が食堂のガラス越しに空を見上げて呟いた。 「雪夜、俺の家で待つか?今日は夏樹さん、遅いんだろ?」  佐々木が心配そうに雪夜を見た。 「うん、でも佐々木も相川も今日はバイトでしょ?俺は、じん君がいてくれるから大丈夫だよ!ね?じん君!」  雪夜は、相川の隣に座る橋本仁(はしもとひとし)を見た。   「は、ぉ、おう!ちゃんと傍についてますから大丈夫です……あ、大丈夫だぜ!」  橋本がぎこちない口調で言い直すと、ニカッと笑った。  橋本は、雪夜の護衛係をしてくれている、白季組の組員だ。  山口がいなくなってからは講義中、雪夜の傍に来て、ちょっかいを出してくるやつらから雪夜を守ってくれている。  そして、兄たちに拉致まがいのことをされてからは、講義以外でもずっと傍にいてくれている。  雪夜は夏樹の恋人というだけでなく、瀬蔵(らいぞう)と愛華のということで、橋本は雪夜をかなり丁寧に扱ってくれる。  雪夜としては、そんなに丁寧に扱われると居心地が悪いので、なるべく普通の友達のように接して欲しいとお願いしたのだが……その結果が先ほどのぎこちない口調だ。    一般人とは言え、愛ちゃんたちが大事にしている以上、雪夜たちはある意味白季組の客人扱いなのだそうだ。  その雪夜たちにタメ口で……というのは、愛華たちに上下関係やマナーを厳しく躾けられている橋本にしてみればかなりな難題らしい……   「まぁ、橋本がいるなら大丈夫か……」  佐々木が橋本をチラッと見た。  佐々木たちも、橋本には友達として接している。  橋本も佐々木たちにはわりと普通に友達として接しているように見える。  が…… 「橋本、ちょっと……」  佐々木が橋本を少し離れた場所に連れて行った。 「何ですか……ぁ、えっと、なんだ?」 「雪夜は言い出したら聞かないから、たぶん俺ん家には来ないと思う。だから、お前に任せることになるんだけど……」 「はい!大丈夫っす!しっかり守ります!……いや、守りますぜ!?」  佐々木に対しても、やっぱりタメ口にするのは難しいらしい。  というか、もういろいろと混乱して口調がめちゃくちゃだ。  佐々木がそんな橋本に少し苦笑した。 「橋本が喋りやすい口調でいいよ。え~と、守ってくれるのはわかってるんだけど……天気予報だと、これから結構雨降りそうなんだよな。お前雪夜のトラウマのことって聞いてる?」 「え、トラウマ?」 「あ~……あのな、雪夜は――……」 *** 「それじゃ、また明日~」 「雪夜、何かあったらすぐに連絡してこいよ!」 「うん、わかった~!」 「橋本、わかってるな?」 「はい!」  佐々木が橋本に何やら目配せをすると、橋本が背筋をピンと伸ばした。 「――ねぇ、じん君。佐々木に何言われたの?」  佐々木たちと別れた後、大学の図書館に向かいながら雪夜は橋本を見上げた。 「え?なんのことですか?」 「とぼけてもダメです!食堂でも二人でこそこそ話してたし、さっきもなんか目配せしたでしょ~!?」 「そ、そうでしたっけ!?」 「じん君、顔に出てるよ」 「ぅ……」  橋本は少しやんちゃな見た目だが、どこにでもいる普通の子という感じで、とてもヤクザだとは思えない。  性格も穏やかでとっても優しいし、こういう世界に入っている人にしては珍しく短大を卒業しているらしい。(橋本(いわ)く、最終学歴が中卒や高校中退という人が多いのだとか)  まぁ、橋本はそんな経歴だから、雪夜の護衛係に選ばれてしまったわけだが…… 「いや、その……上代さ……上代君が雨や雷が苦手だから、気を付けてやって欲しいと……」 「呼び捨てでいいよ。『雪夜』でもいいし」 「いや、それはちょっと……」 「俺だって、(ひとし)君のことじん君って呼んでるし、じん君も好きに呼んでくれていいんだよ?」  雪夜が初めて橋本の名前を見た時に、(ひとし)と読み間違えてしまい、呼びやすいのでニックネームとしてそのまま呼ばせて貰っているのだ。 「あ~、はい。じゃぁ、雪夜君で……」 「はい!あ~えっと、それでさっきの話だけど……うん、そうだね、じん君には話しておいた方がいいよね。……えっと、俺ね、ちょっとくらいの雨は大丈夫なんだけどね、どしゃ降りとか、雷の大きい音とかが苦手なんだよ。建物の中にいれば大丈夫だとは思うけど……その……もし俺の様子が変になったら、佐々木たちか夏樹さんに連絡取って貰ってもいい?」 「もちろんですよ!具合悪くなったら、すぐに言って下さいね!?」 「うん!」  雪夜は、人見知りが激しい。  それに、初対面の人や慣れていない相手には、女扱いされたり舐められてちょっかいを出されたりしないように、無意識に乱暴な言動をして男らしく見せることで自衛(じえい)している。  山口に対して乱暴な口調だったのは、山口をずっと警戒していたからだし、佐々木たちにでさえ、今のように気軽に話せるようになったのは、友達になってだいぶ経ってからだ。  でも、橋本の場合は白季組が身元と人柄を保証してくれているため、警戒する必要がなく、一緒にいて楽しいので、わりとすぐに慣れることが出来た。  雪夜は、橋本は今はだから、仕方なく年下の雪夜たちと『友達ごっこ』をしてくれているのだとわかっているが……このまま本当に友達になれたらいいなぁと密かに思っている。   ***

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