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夜明けの星 4-3(雪夜)
雪夜たちが図書館に着いた途端、パラパラと雨が降り出した。
「お、ギリギリ!」
「うん、濡れなくて良かったね!」
図書館では、お互い好きな本を読んだり、課題用の資料を集めたりと自由に過ごす。
じん君も図書館ではいろんな本を読めるので、楽しいらしい。
しばらくして、窓を叩く雨が激しくなってきたのを見て、雪夜は念のためにイヤホンをつけた。
好きな曲を流して雷鳴をシャットアウトしても、時々稲光が目に入って来て、身体がビクッとなる。
夏樹さん……早く来てぇ~……!
でも、こんなに降ってたら、夏樹さんも来るの大変だよね……
図書館で待たずに、じん君に家まで送って貰った方が良かったのかも。
途中で雨が降って来たとしても、その方がまだマシだったかもしれない……
雪夜が窓の外を眺めながらそんなことを考えていた時、バチッと一斉に図書館の電気が消えた。
***
「……ぇ?」
普段ならまだ薄暗い時間帯なのに、今日は雨雲が重く空を覆いつくしているせいか、電気が消えた途端ふっと周囲が暗闇に包まれた。
なに……?なんで?真っ暗……暗い暗いくらいクライ……ぃやだ……怖いっ……っ!
「おわっ!?なんだ?……ぁ、上代さ……えっと、雪夜君大丈夫ですか?」
「じじじじん君、どこっ!?」
雪夜の怯えた声を聞いて、橋本がすぐに携帯のライトをつけて雪夜の傍に来てくれた。
あ、そうか。携帯のライトつければ良かったんだ……
少しほっとして周囲を見回すと、ざわめきとともに携帯のライトがちらついているのが見えた。
大丈夫……じん君もいてくれるし、このライトの数だけ人がいる……
でも、ひとりじゃないんだと安心する反面、ライトを持って移動する黒い人影を見ていると、何かが頭を過 る……
こんな光景を……見たことがあるような……
ぼんやりとした記憶を思い出そうとした瞬間、猛烈な吐き気に襲われた。
「ぅ……っ」
「雪夜君!?どこか具合悪いですか?」
口元を手で押さえて、ゆっくりと深呼吸しながら吐き気が治まるのを待つ。
「だ、だいじょうぶ……ぁ、ごめんねっ!?」
無意識に橋本の服を掴んでいたことに気付いて手を離した。
「無理しないで言って下さいね?たぶん……すぐに電気付くと思うんですけど……あ、大丈夫ですよ、俺がいますからね!」
橋本が一生懸命雪夜を励まそうとしてくれる。
「ぅ、ぅん……ありがと……」
気持ちは嬉しいが、今はパニックにならないようにするのに精いっぱいで、橋本に答える余裕がない。
「あ、怖かったら腕掴んでていいですよ?俺から触るのは夏樹さんに怒られそうだけど、雪夜君からなら怒られないですよね?」
「え?ぁ、うん……じゃ、じゃあちょっと……」
雪夜は橋本が差し出してくれた腕に、震える手をそっと添えた。
橋本のことは信頼している。
だからこそ、橋本のイヤがることはしたくない。
橋本がこんな風に腕を差し出してくれたのは、たぶん夏樹や佐々木から何か聞いているせいだ……
だって、そうじゃなきゃ……きっと本当は同性に抱きつかれるのなんて、イヤだよね……
「雪夜君、もっとしっかり握っても大丈夫ですよ?ほら、ここ」
雪夜がぐるぐると考え込んでいると、橋本が雪夜の手を取ってしっかり握るように促してきた。
「へ?……ぅわっ……え、待っ……」
「ここも触ってみて下さい」
「や……じん君の……すごっ……!」
「こっちも……ね?」
「めちゃくちゃ硬い……え、ちょ、太っ……両手でも握り切れないっ!」
「でしょ?」
今までそんなにベタベタ触ったことがなかったから、じん君のがこんなに……硬いだなんて知らなかった……
なんと、橋本が、ふんっ!と力を入れた瞬間、腕がガッチガチに硬くて太くなったのだ。
雪夜は思わず、興味津々で触りまくっていた。
「俺身体鍛えるの好きなんですよね~」
「へぇ~!スゴイね!じゃあ腹筋も!?」
「もちろん!触ってみます?……あ‟……」
「う……ん?」
橋本が急に変な声を出したので、雪夜は首を傾げた。
「触るなら俺を触ってよ」
橋本の腹を触ろうとしていた雪夜の耳元で、誰かが囁いた。
「ひゃっ!?」
驚いて小さく跳ねた雪夜の背後から、スッと誰かの手が伸びてきて、手首を掴まれ抱き寄せられた。
いや、誰かじゃなくてっ!この声は……
「夏樹さん!?」
雪夜が顔を上げると、携帯のライトにほんのりと照らされた夏樹の顔が見えた。
「はい、夏樹さんだよっ!まったくもう!停電になったから、雪夜が怖がってんじゃないかと思って慌てて迎えに来たのに……なに浮気してるの!?」
そう言って少し口唇を尖らせる夏樹の前髪から、雫が滴ってきた。
「ぁ、ごめん」
雪夜の頬に雫が垂れていることに気付いた夏樹が、前髪を掻き上げて、雪夜の頬に垂れた雫を拭った。
夏樹さんびしょ濡れ……雨の中急いできてくれたんだ……
ん?っていうかっ!
「えええ、う、浮気!?そそそんなことしてませんよ!?」
「橋本とイチャついてたでしょ!」
「え?イチャついて……ああ、あのね、そうなんですよ!じん君の筋肉が凄くて!!ガッチガチなんですよ!!夏樹さんも触ってみてください!」
「え……筋肉?」
夏樹が微妙な表情で橋本を見た。
「あ、あの、お、お疲れ様です!あああの夏樹さん!ここここれはですね!?その、雪夜君が怖がっていたのでちょっとでも紛らわせたらと思って……っ」
「へぇ~~……?」
「わぁ、ホントだ!じん君のおかげで怖いのがどこかいっちゃってた!スゴイね、じん君!!」
「へ!?あ、ははははいっす!」
橋本が言う通り、橋本の筋肉話に夢中になって、いつのまにか身体の震えも止まっていた。
「……そぅ、それならいいけど……」
夏樹がため息を吐いた途端、電気が復旧して図書館内がまた明るくなった。
「明るくなった~!」
「じゃあ、帰ろうか」
「はい!」
雪夜は急いで荷物をまとめた――……
***
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