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夜明けの星 4-4(夏樹)

 雪夜が机の上に出していたノート類を慌てて鞄に詰め込む。  その間に橋本が、雪夜が読んでいた資料を元の場所に戻しに行った。 「あ、夏樹さん」 「ん?準備でき……ぶっ」  夏樹が振り向いた瞬間、タオルが顔面を覆って来た。 「あああごめんなさいっ!あの、あの……タオルを……髪濡れてるからと思って……顔にぶつけるつもりじゃなくて……」 「ふはっ、はは、うん、ありがと」  雪夜は夏樹の頭にタオルを被せたかったらしい。  が、背が届かなくて、タオルは夏樹の顔面に押し付けられる結果となった。  ちょっと驚いたが、別にタオルだから痛くも何ともない。  それよりも、オロオロする雪夜が可愛くて笑ってしまった。 「あの、今日あんまり使ってないから汗臭くはないと思うんですけど……」 「大丈夫だよ」  むしろ、使ってる方が……いや、何でもないです。  髪を拭くフリをして、ちょっとタオルに顔を埋めた。  一緒に住んでいるので、シャンプーも洗剤も同じはずなのに……それでもやっぱり雪夜は雪夜の匂いがする。    あ~……橋本に嫉妬するとかダサっ……   ***  ――夏樹が大学に着いた時にはもう停電していて、周囲は真っ暗だった。  学生や関係者が図書館に入る時は、カードをゲートに通す。  部外者が入る時には身分証が必要なのだが、しょっちゅう迎えに来ている夏樹は、職員にも顔を覚えられているので「迎えに来ました」と言うと、すぐに通してくれた。  図書館に入ると、職員らしき人たちが混乱する学生たちに声をかけて回っていた。  雪夜はいつも同じ場所に座っているので、暗闇の中携帯のライトを頼りに探しに来たところ、雪夜たちの会話が聞こえてきたというわけだ。 「ちょ、夏樹さん!何匂い嗅いでるんですかっ!え、待って!臭かったですか!?」  あ、バレた……  夏樹がタオルに顔を埋めていることに気付いた雪夜に、タオルを剥ぎ取られてしまった。  雪夜が眉間に皺を寄せながら、真剣に自分のタオルの匂いを嗅いでは首を傾げる。  うん、自分の匂いってわからないよね。 「ごめんごめん、臭くないよ。大丈夫。まだちゃんと拭けてないから、拭いて?」 「ええ?でも……」 「はい、よろしく」  服が濡れているので椅子に座れない夏樹は、雪夜が拭きやすいように、ちょっと頭を下げた。  雪夜が精一杯背伸びをしてタオルを被せてきた瞬間、 「本戻してきました~!」  と、橋本が戻って来た。  橋本~!ちょっと空気読もうか!!  夏樹が横目で橋本を睨むと、近づいて来ようとした橋本が目を泳がせた。 「あ……えっと……お、俺トイレに~……行ってきます!」 「へ?あ、うん。……トイレも電気ついてるのかな?じん君大丈夫かな……」 「大丈夫だよ。それより、雪夜はこっち」 「あ、はい」  夏樹は、心配そうに橋本の背中を見送る雪夜の顔を、グイッと自分の方に向けた。 ***  橋本は雪夜の護衛係だ。  愛華(あいか)たちと話し合って、学歴、性格、ケンカの腕など諸々から、橋本に決めた。  だけど、思っていた以上に雪夜が橋本に懐いているので、夏樹としてはちょっと複雑なのだ。  でも……雪夜がパニックになってなくて良かった……  その点は橋本に感謝しないとだな……  夏樹は、真剣に夏樹の頭を拭く雪夜の様子にホッとして、口元を綻ばせた―― ***

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