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夜明けの星 4-6(雪夜)

――それでさ、健太が、鼻の穴に木工用ボンドを~……」 「うんうん、あ、ちょっとごめん、メールだ。夏樹さんかな~……」  雪夜は相川の話を聞きながら、画面に視線を落とした。 「誰だった?夏樹さん?」  スルメをかじりながら、佐々木が聞いてきた。 「ううん……兄さんだった」 「兄さん?何の用だったんだ?」  佐々木が眉間に皺を寄せた。  相川も喋るのを止めて、ちょっと真面目な顔で雪夜を見ている。 「あ、え~っと……明日、会えないかって……」  二人がこんな顔をするのは、つい先日、兄たちが誘拐まがいの方法で雪夜を迎えに来たからだ。  その上、雪夜が「無事だ」と二人に連絡を入れるのが遅くなってしまったせいで、余計に心配をかけてしまった。  兄だから大丈夫だ、と言ったのだが、雪夜を迎えに来た時に山口を使ったことと、まだ講義があったにも関わらず連れて行った強引さに、二人の中では、雪夜の兄たちも要警戒人物になっているらしい。 「明日ぁ~!?やけに急だな」 「がっかい?が終わって、ようやく一段落ついたからって……」 「あぁ、学会ね」 「どうしよう……?」  雪夜は、困った顔で二人を見た。  兄たちのことは好きだが、雪夜も先日会った時にちょっといろいろあったので、兄たちに会うのは少し気まずい。  それに今は…… 「よりによって……こんな時にっ!!」  佐々木が小声で吐き捨てた。  雪夜も内心、佐々木と同じ気持ちだった。  よりによって、夏樹さんがいない時に……っ!  夏樹は昨日から二泊三日の出張に行っている。  そのため、雪夜は昨日から佐々木の家に泊まりに来ていた。  今はちょうど、いつものように相川も来て三人で軽く飲み会をしていたところだったのだ。 *** 「雪夜、返事はちょっと待てよ」  佐々木がそう言うと、チラリと時計を見て、自分の携帯から夏樹に電話をかけた。 「どうした?雪夜に何かあった!?」  夏樹は、開口一番にそう叫んだ。  周囲に雑音が多いので、晩御飯でも食べに店に入っていたのかもしれない。 「まだ大丈夫だけど、これからあるかも」 「は?どういう意味だ?」 「今さっき、雪夜の兄さんたちからメールが来て……――」  佐々木が手短に状況を説明する。 「……明日か……何時だ?」 「ちょっと待って。雪夜、何時だっけ?」 「え?あ、えっと、時間はまだ何も言って来てない。明日としか……」  雪夜は、急に自分に話を振って来られたので、若干慌てながら兄からのメールを佐々木に見せた。 「時間指定はない……か。わかった、ちょっとこっちで調整してみるから、一旦切るぞ」 「はいよ~」  あ、切っちゃった……  夏樹が出張に行っている時は、たいてい空き時間をみつけてはしょっちゅう雪夜に連絡をしてくれる。  今のように、雪夜がすぐ横にいるとわかっていながら何も言わないのは珍しい…… 「たぶん、浩二さんとか裕也さんとかに連絡取ってんだろ。すぐにまたかかってくるよ」  雪夜の気持ちを読んだかのように、佐々木が慰めてくれた。 「う、うん……」  そうだよね、今はとにかく、兄さんたちにどう返事をするかだ。  あんまり時間を置くと、変に思われちゃうかもだし! ***  夏樹からの返事は、思っていた以上に早かった。  先ほど電話をしたのは佐々木だったのだが、夏樹は雪夜の携帯にかけてきてくれた。  些細な事だけれど、それがちょっと嬉しくて顔がにやける。 「明日の朝にはそっちに帰るよ」 「え、明日の朝って……でも仕事は!?」 「浩二さんと交代。最初からそういう約束だったし、俺じゃなきゃダメな案件はもう終わったから大丈夫だよ」 「ん?最初からって?」 「なにか不測の事態があった時には、俺はすぐにそっちに帰るっていう条件で、出張を引き受けたんだよ」  夏樹の言葉に、雪夜はポカンと口を開けて思わず佐々木を見た。  え、夏樹さん自由過ぎじゃない?お仕事なのに、そんな無責任なことして大丈夫なの!?俺を優先してくれるのは嬉しいけど……何だか……申し訳ないというか……  佐々木と相川はちょっと肩をすくめて苦笑していた。 「まぁ、こっちはどうにかなるから。雪夜は気にしなくていいよ。とりあえず、う~ん……雪夜の兄さんたちと会うのは、夕方くらいにしておいて。で、もし向こうが午前中がいいとか言ってきたら、別の日にって断ってくれる?たぶん、雪夜がそう言えば、夕方でいいって妥協してくると思うから――……」 「あ、はい、わかりました!」 「よし。それで……雪夜は今日何かあった?」  一通りの打ち合わせが終わると、夏樹の声が、急に優しくなった。  それまではスピーカーにしていたのだが、夏樹の声が柔らかくなったことに気付いた佐々木が、スピーカーを切って雪夜に携帯を渡して来た。  あとは二人で話せということらしい。 「あ、え~と……今日はね――……」  雪夜は、にやけ顔を見られるのが恥ずかしくなって、部屋の隅に行くと佐々木たちに背を向けて夏樹と話した――…… ***

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