337 / 715

夜明けの星 4-8(夏樹)

「夏樹さん、どうぞ!」  雪夜が意気揚々と出してくれた来客用のスリッパを履く。    ん~……なんだか、雪夜張り切ってるな~……  可愛いからいいけど……! 「えっと……そうだ!家の中、案内しますね!こっち来てください!」 「え?あ、うん」 「ちょ、ちょっと雪くん!?まずはリビングに……達也兄さんが待ってるよ!?」 「あ~と~で~!ちょっとだけだから~!」 「ええ~!?もぅ~……」  慎也の言葉を無視して、雪夜が嬉しそうに夏樹を引っ張っていく。  雪夜がこんなにはしゃいでいる姿を見るのは、久々かもしれないな……  そりゃそうか……大学に入ってから初めての帰省だ。  雪夜にとっては、楽しい記憶しかない実家なのだから、嬉しいよな…… ***  案内と言っても、簡単なものだ。  雪夜の実家は、1階に3部屋、2階にリビングダイニングやキッチンなどの水回り、3階に3部屋の6LDK。  雪夜の部屋は3階にあった。  雪夜の部屋は、家を出た時のままになっているらしい。  もっとじっくり見たかったが、達也が待っているとのことで、雪夜の部屋も室内を見回すだけで終わった。  ザっと見ただけだが、気付いたことがある。  ずっと帰省していなかった雪夜の部屋以外、家の中は埃一つない。  どうやら、雪夜を呼ぶ前に、家中を掃除したらしい。  徹底ぶりから見て、おそらく、清掃業者に頼んだのだろう。  それだけでなく、兄たちの部屋や両親の部屋は、ベッドが少し乱れ、今の季節の服がかけてあったり、今回帰国した際のスーツケースを置いてあったりと、まるで、ついさっきまでみんなここで寝起きしていたかのように、生活感のある状態になっていた。    なんだこれ……  裕也からこの家の普段の状態を聞いていなければ、きっと夏樹も何も違和感なく、現在は兄たちもここで寝起きしているのだろうと信じていたはずだ。  それくらい、だった。  だから余計に気持ち悪い……一体どうしてこんなことを……?  何がしたいんだ…… *** 「――ようやく来たか……」  リビングに入ると、仁王立ちこそしていないものの、腕を組んでソファーに座る達也が、イライラした様子で夏樹を睨みつけた。 「雪夜、お帰り」  雪夜には、少し表情を和らげる。 「ただいま、たつ兄さん!」 「お邪魔します」  挨拶を返す雪夜の隣で、夏樹は軽く頭を下げた。 「ホントに邪魔だよ!さっさと入って!」  雪夜の『ハイテンション実家案内ツアー』に、いちいち茶々を入れながらついてきていた慎也が、リビングの入口で立ち止まった夏樹と雪夜の背中をぐっと押してきた。  どうやら夏樹は、この二人に歓迎されていないらしい。  歓迎していないのは、こっちも同じだがな。 「まったく、いつまで遊んでるんだ。待ちくたびれたぞ」 「たつ兄さん、ごめんなさい。あのね、家の中を少し夏樹さんに案内してたの。だって、俺……夏樹さんだけじゃなくて、うちに誰かを呼ぶのって……初めてだから……その……う、嬉しくて……」  イラついている達也を前に、少し委縮しながらも雪夜が一生懸命話す。 「んん‟……そ、そうか」  俯いて手をモジモジさせている雪夜を見て、達也が腕を組んだまま、真っ赤な顔でしかめっ面をしていた。  怒っているわけではなさそうだ。  これはむしろ……   「あ~もう!雪くんは可愛いなぁ~!!そうだね、を呼ぶの初めてだもんね!!」  内心悶えているのを、表に出さないよう必死に耐えている達也と違い、慎也は素直に雪夜を抱きしめて頬をスリスリした。  達也が少し羨ましそうに慎也と雪夜を見て、小さく舌打ちをする。  夏樹はそんな兄弟の様子を、作り笑顔で眺めていた。  多少頬が引きつるのは仕方ない。なぜなら……  慎也(こいつ)、今さらっとを強調しやがった!!  暗に、まだ夏樹と雪夜が付き合っているのを、認めてはいないと言っているのだ。  雪夜の実家に来てまだ30分も経っていないはずだが、夏樹はさっそく小舅にいびられていた…… ***

ともだちにシェアしよう!