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夜明けの星 4-9(夏樹)

 達也は、広いリビングの壁に沿って置かれた、大きなL字ソファーに座っていた。  慎也が雪夜を促し、達也、雪夜、慎也、夏樹の順に座る。    おいこら、慎也!順番おかしくないか!?  この場合、普通は俺の隣に雪夜が座るだろ!?  雪夜がソファーに座るなり、達也と慎也は雪夜を囲んで、兄弟にしかわからない思い出話を始めた。  夏樹のことは、存在ごと無視するつもりらしい。  だが、雪夜の昔の話が聞けるのは夏樹にとって興味深く、ご褒美でしかない。  慎也が邪魔をしてくるので、夏樹の位置からは雪夜の様子が見えにくかったが、声を聞く限りでは雪夜も楽しそうだった。  しばらく静かに話を聞いていた夏樹は、ふと気づいた。  兄弟の話は全て雪夜が中学生、高校生の頃のことだけだ。  両親が再婚したのは雪夜が8歳の頃なのだから、小学生の頃の話が出て来てもいいと思うのだが、一切出てこない。  夏樹がプールで溺れていた雪夜を助けた時、たしか雪夜は10歳頃だったので、あの時にはもう再婚していたはずだ。  夏樹の記憶の中での雪夜は、本当に天使みたいに可愛いかった。  それなのに、この超絶ブラコンの兄たちがその頃のことを話題に出さないのはなんだか解せない……  そして、一番気になっているのは……  両親について、だ。  上代隆文(かみしろたかふみ)がいないのはわかる。  この時間はまだ仕事をしているのだろう。  だが……母親は?  数年ぶりに子どもたちが帰ってきているのに、この場に母親がいないのは違和感でしかない。  しかも、誰もそのことに触れない。  もちろん、母親がいない理由は、兄たちは知っているはずだ。  今どこにいるのかも……  でも、何も知らないはずの雪夜まで、ここに来てから一度も母親について触れていないのだ。  家の中を案内するときに、「ここが両親の部屋です」とは言ったけれど……それだけだ。  雪夜は、大学で一人暮らしをするまでは、家族みんなで……もちろん、母親も一緒に暮らしていたと話していた。  義父の連れ子である兄たちと違って、雪夜にとっては唯一血の繋がりのある実母だ。  だとすれば、普通は「あれ?お母さんは?」と聞くのが普通じゃないか?  夏樹は、この家に来てから何度目かの、形容しがたい、うすら寒いものを感じていた。 *** 「あああっ!!ごめんなさい!夏樹さん!」  夏樹が考え込んでいると、雪夜が唐突に叫んで立ち上がり夏樹を見た。 「ん?」 「おおお俺ってば、お客さんにお茶も出してない!」  口元に手を当てながら、泣きそうな顔をする雪夜に、思わず苦笑する。   「あぁ、別に大丈……」  大丈夫だよ、と雪夜の腰を抱き寄せようとする夏樹の手を、間にいた慎也がペシリと払った。  こいつ……っ!!  慎也の態度に一瞬イラッとしたが、雪夜の前なので一応抑える。 「雪くん!!お茶なら僕が用意してくるよ!雪くんは話してて!?」 「え、でも、しん兄さん……夏樹さんは俺のお客さんだし!あ、俺ね、ちょっとお茶入れるの上手になったんだよ!?」 「ええ!?そうなの!?……あ~……う~ん、でも、雪くんのだから、雪くんはここにいた方がいいよ。ね?」 「あ、それもそうか……」  雪夜は素直に納得すると、ソファーに座った。 「うんうん、それじゃ急いで用意するからね~!……あぁ、失礼」  慎也は、雪夜に微笑みかけると、夏樹の足を踏みつけてキッチンに向かった。  もうここまであからさまだと、いっそ笑えてくる。 ***  ――ん?  達也と雪夜の会話を聞いていた夏樹は、ふと、キッチンにいる慎也の視線を感じた。  夏樹が顔を向けると、慎也は慌てて視線を逸らす。  夏樹が雪夜たちの方を向くと、また視線を感じる。  なんだ……?  慎也は明らかにこちらの様子を窺っている。  夏樹は視線をそちらに向けないようにして、意識を集中させた。  同時に、腕時計に仕込まれている小型カメラをさりげなくキッチンの方向に向けた。  これで、外で待機している裕也たちには、慎也の様子がよく見えているはずだ。  やれやれ……どうやらこのまま平和には終わりそうもないな……  夏樹はそっと息を吐いた。   ***

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