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夜明けの星 4-10(雪夜)

 兄たちから、実家で会おうと言われてから、雪夜はずっと心ここにあらずといった状態で、落ち着かなかった。  実家に帰るのは、大学に入ってから初めてだ。  でも、別に実家に帰ること自体は何ともない。  問題は……  夏樹さんも一緒ってことだよおおおおお!!  佐々木たちに会うまで親しい友人がいなかった雪夜は、自分の家に友人を招いたことがなかった。  もちろん、友人の家に遊びに行ったこともない。  だから、佐々木たちの家に初めて行った時も、物珍しさにウロウロして、扉という扉を興味津々に開けまくってしまった。  佐々木たちはそんな雪夜を怒りもせずに笑って見守り、ひとしきり探索を終えて雪夜が落ち着くと、「俺の家はいいけど、一般論としてはあんまり良い印象を持たれないから、他人の家の中を勝手にウロウロしたり触ったりしない方がいいぞ」と教えてくれた。  佐々木と相川は、世間知らずな雪夜にいつも根気強くいろいろと教えてくれる良い先生だ。  感謝してもしきれない。  ……のだが、雪夜としたことが、ついさっきまで佐々木たちと一緒にいたのに、自分の家に友人や恋人を招待した際にはどうすればいいのか聞いておくのを忘れていた。  夏樹を実家に連れて行くということに舞い上がってしまって、完全に頭から飛んでいたのだ。  え、待って佐々木!俺どうすればいいの!?  とりあえず家の中を案内する?しちゃう?  勝手に見るのは非常識だって教えて貰ったけど、俺が案内するのは大丈夫だよね?  俺の家だもんね?よし!   「夏樹さん!家の中、案内しますね!こっち来てください!」    雪夜は意気揚々と夏樹の手を引いて家の中を案内した。 ***  ――数十分後。  家の中って……案内するところなんてほとんどないんだね……  慎也に急かされたせいもあり、『実家案内ツアー』はあっという間に終わってしまった。  次はどうすればいいの!?  兄さんたちの紹介とか?でも、夏樹さんと兄さんたちは、今回が初めてってわけじゃないし……前回会った時に紹介はもうしてあるから……――  昔話に花を咲かせる兄たちに曖昧な返事を返しながら、必死に考える。  佐々木たちの家に遊びに行った時は、え~と、だいたい、ジュースとお菓子を……ん?ジュース?……それだああああああ!!! 「おおお俺ってば、お客さんにお茶も出してない!」  思わず叫んで立ち上がり横を見た。  あれ?夏樹さんどこ?  夏樹はすぐ隣にいると思っていたのに、雪夜の隣には慎也がいたのでちょっと驚いた。  なんでしん兄さんがそこにいるの!!いや、それよりも……お茶!!  慌ててお茶を入れに行こうとする雪夜を、慎也がこれまた全力で止めてきた。  雪夜の客なのだから、雪夜はここにいた方がいいと……  そういうもの……なのかな?  慎也がそういうのだから、そういうものなのだろう。  ひとまず納得して座る。  ……うん、で?お茶を出した後はどうするの!?  この『彼氏を実家に招待』という人生初のイベントが、あまりにも難しいミッションだらけで、雪夜の頭はパンク寸前だった。 *** 「はい、お茶お待たせ~」  慎也は、4人分のコーヒーと、お茶菓子を持って来てくれた。  お茶菓子は、夏樹が出張先で佐々木たちにと買ってくれていたお菓子を、今回急遽実家へのお土産として持ってきたものだ。  佐々木たちには、後から浩二が同じものを買って持って来てくれることになっている。 「あの、夏樹さん……えっと……次ってどうすればいいんですか!?」  パニクった雪夜は、思わず夏樹に訊ねてしまった。 「へ?次?」  夏樹がキョトンとした顔で雪夜を見る。 「ああの、えっと……お家に呼んだ時ってどうやっておもてなしすればいいのかわからなくて……」  いやいや、夏樹さんに聞いてどうすんのおおおおおおおおおお!?  この場合、兄さんたちに聞くべきだったよね!? 「あぁ……別に、もう十分だよ?」 「え?」  アホな質問をする雪夜に、夏樹が優しく微笑んだ。 「俺の知らない雪夜の話をいっぱい聞けたし、家の中も案内してもらったし。う~ん、()いて言うなら……」 「はい!何ですか!?」  夏樹が指をくいくいッと曲げて、内緒話をする時の合図をしてきたので、そっと耳を近づけた。 「後で雪夜の部屋に行って、二人っきりになりた……」 「んん‟っ!!ちょっとそこ!僕の弟に卑猥なことしないでくれる!?」  耳元で夏樹が囁いているところに、慎也が割り込んできた。   「あ……はい!わかりました!」 「え、ちょっと雪くん!?何がわかったの!?今何話してたの!?」 「へ!?ななななんでもない!!よっ!?」  夏樹の言葉にちょっと動揺して、慎也に変な返しをしてしまう。  俺の部屋か~……ずっと留守にしてたから、埃っぽかったよな~……  ちょっと先に窓開けておいた方がいいかな?  っていうか、二人っきりだなんて……え、俺の部屋で一体何するの!?  ん?……あ……れ?  自分の部屋で、夏樹と二人っきりになった後どうすればいいのか……  何だかもういっぱいいっぱいになっていた雪夜が顔をあげた瞬間、突然目の前がぐにゃっと歪んだ。  え、何で……ねむ……  昨夜は、今日のことを考えて緊張していた上に、夏樹が傍にいなかったので、熟睡はできていない。  だが、睡眠薬を飲んだので、それなりには眠れているはずだ。  それなのに……なぜか急に猛烈な眠気に襲われた。 「雪夜?どうしたの?」 「……ね……む……」  雪夜を訝しげに覗いてくる夏樹の顔が見えたが、何か言う前に目の前が真っ暗になった…… 「え?……雪夜!?寝ちゃったの?何で急に――……ぅ……おまえら……コーヒーに何……――」  遠くの方で夏樹の声が聞こえて、雪夜の隣にどさりと誰かが倒れ込んで来た気配を感じた。  夏樹さん……?  夏樹の様子が心配だったので、何が起きているのか確認したかったが、雪夜は瞼を開くことができずに、そのまま意識も闇の中へと落ちていった――……   ***

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