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夜明けの星 4-15(夏樹)
達也は、軽く目を閉じると深呼吸をした。
「キャンプは、とても楽しかった。雪夜はその頃になるとだいぶ体調が安定して、入院する回数も減っていたし、初めてのキャンプだったのでとてもはしゃいでいた。私たちも、雪夜たちと家族になれるのが嬉しくて……みんなテンションが上がっていた。ただ一人を除いて――」
義両親は、清が亡くなったのは涼子のせいだと責め、三年間、涼子は一度も娘に会わせて貰えなかった。
そして、義両親は、自分たちが引き離したにも関わらず、雪夜の姉には「おまえは母親に捨てられたんだ」と、涼子の悪口をずっと言い聞かせていたらしい。
そのせいで、キャンプに行っても姉だけが馴染めずにいた。
「それらの事実は、後になってわかったことだ。せめて、先にわかっていれば……何かが変わったかもしれないのだが……」
「あの時はそんなこと知らなかったからね……ただ人見知りをしているのかなって思ってたんだ。僕たちもまだ子どもだったから、女の子相手にどう距離を詰めればいいのかわからなくて、どうしても慣れている雪くんの方ばかり相手にしてしまった……」
慎也がしょんぼりと俯いた。
「雪夜は姉の存在を、母親から聞かされていたらしい。だから、姉に会えることを喜んでいた。だが、姉にしてみれば複雑な心境だったのだろうな。無邪気に近寄って来る雪夜から、逃げ回っていたよ」
***
異変が起きたのは、帰る準備をしていた時だった。
テントをたたんだり、荷物を車に乗せたりと、みんな忙しく動いていた。
達也たちも荷物を運ぶのを手伝っていて、雪夜と姉だけが手持ち無沙汰になっていた。
「雪夜は一人で勝手に遠くに行くようなことはしない子だった。だから、私たちはみんな安心していたんだ。その時も、すぐ傍で石を集めて遊んでいた。だが、ふと気がつくと二人の姿が見えなくなっていた」
「僕は……僕だけが……見てたんだ。姉に手を引っ張られて山の方に歩いて行く雪くんの姿を。でも、その時は深く考えてなくて、ようやく仲良く遊べるようになったのかな~って……だって、三年間別々に暮らしていたというのも、その頃の僕にはいまいちピンとこなくて……ましてや、実の弟である雪くんに対して、姉が殺意を抱いていただなんて……思いもしなかったし……そのせいで二人があんなことになるなんて……」
慎也が悔しそうに顔を歪めて俯いた。
「おまえのせいじゃない。父さんたちもそう言っただろう?」
「だけどっ!……僕があの時、二人に声をかけて、父さんたちにも知らせておけば……」
「それは……」
達也が言葉を詰まらせて、ちょっとため息を吐くと、慰めるように慎也の背中を軽く撫でた。
「両親と私は雪夜たちがいないことに気付いてすぐに周辺を探したが、私たちだけでは見つけることができなかった。そこで、父が慌てて警察に通報し、とにかく大勢の人たちがキャンプ場を中心に周辺の山を探してくれた……だが、それでも二人は見つからず、結局、二週間後、捜索は打ち切られた」
幼い姉弟だ。どこかで足を踏み外して崖の下にでも落ちて川を流されたのかもしれないし、獣に襲われたのかもしれない……どちらにせよ……生存の可能性はもう低いと判断された。
「――二人が見つかったのは、それからおよそ一ヶ月後だ」
「……一ヶ月……」
つまり、遭難してから約一ヶ月半後ということだ。
「雪夜から遭難した話は聞いたことがあるか?」
「雪夜は、山で二日間遭難したと言っていました」
「……そうか……それでいい」
夏樹の言葉を聞いて、達也が少しほっとした顔をする。
「一ヶ月半の間、何があったのかは……私たちもよく知らされていないんだ。まだ子どもだったから、大人たちが話してくれなくてな。ただ……雪夜が瀕死の状態で、姉は……手遅れだったとだけ……。自分が医師になってから、一度だけその時の雪夜のカルテを見たが、身体の弱い雪夜が、あの状態でよく持ち堪えられたものだと……。発見があと数時間遅れていたら、たぶんもう……」
「そうですね……」
そりゃ……あんな胸くそな話、子どもには聞かせられないよな……
***
遭難したと思われていた雪夜たちは、遭難ではなく、現場から数キロ離れた山中の狩猟小屋に監禁されていた。
雪夜たちを監禁していた犯人は、いわゆるサイコキラーだった。
監禁されていた雪夜の様子については、達也たちよりも夏樹たちの方が詳細を把握している。
なんせ、こちらは……裕也たちのおかげで、サイコキラー側の事情聴取の内容も手に入れているからだ。
だが、それをわざわざ達也たちに言う必要はない。
今は達也たちが知っていることだけを聞き出せればそれで十分だ。
「それで……助かった後の雪夜の様子は……?」
***
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