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夜明けの星 4-20(夏樹)

「雪夜っ!?」  いつのまに!?っていうか、どこから聞いてたんだ!?  気配を読むのが得意な人間が三人も揃っているのに、誰も雪夜がそこにいたことに気がつかなかった。  夏樹は達也たちとの話に集中していたせいでもあるけれど、斎や裕也まで気がつかなかったとは……  その場にいた全員が固まってしまって、何とも言えない空気が流れる中、大きな犬の抱き枕を抱きしめて、亡霊のように真っ青な顔で佇む雪夜が、ようやく口を動かした。 「……どういう……こと?……俺がゲイじゃないって……嘘だって……俺……」 「雪夜!違うんだ、それは……」 「兄さんたちが……嘘ついてたの?……俺がゲイで、誰にも話せなくて悩んでた時も……全部知ってたの……?」 「あのね、雪くん!嘘をついてたわけじゃなくて……いや、嘘は嘘なんだけど、でもそれにはちゃんと理由があって……」  達也と慎也が慌てて雪夜に駆け寄ろうとした。  嘘をついたのには理由がある。  だが、その理由は雪夜には話せないのだ。  弁明することができない以上、弁解するしかないが……  ……いや、あの二人はそんなことまで考えてないか。  雪夜にバレてしまったことに動揺し、達也も慎也もパニクっていた。 「来ないでっ!!」  悲鳴のような甲高い声で叫んだ雪夜が、首を小さく横に振りながらじりじりと後ろに下がる。 「雪夜?」 「近寄らないでっ!……俺……俺、わかんない……俺は、ずっと……兄さんたちは俺のこと、本当の弟みたいに思ってくれてると……本当に大事にしてくれてると思って……俺は兄さんたちのことが大好きで……でも、兄さんたちは違うかったの?俺にそんな嘘をつくくらい、俺のことが……だった?」  雪夜の顔がくしゃっと崩れて、瞳から涙が溢れた。 「ち、違うぞ!?私たちは本当に雪夜のことを大事な弟だと思っている!今までも、これからも、それは変わらないんだ!」 「そうだよ!僕たちが雪くんのこと嫌いだなんて……そんなことあるわけないでしょ!?」 「でも……二人は俺に嘘ついて……それで俺は、ずっと自分がおかしいんだって……みんなと違うのは気持ち悪いって――……」  雪夜が抱き枕に顔を突っ込んでブツブツと呟く。  マズイな……    雪夜の様子を見る限り、どうやら聞いていたのはゲイのくだりだけのようだ。  それでも、雪夜にとってはショックだったことに違いない。  信頼していた兄たちに嘘をつかれていたこと、自分がゲイじゃなかったことに戸惑い、明らかに混乱していた。 「雪夜、ひとまず座って話そう。こっちに来なさい」  達也が雪夜に向かって手を差し伸べた。  そこまでは良かったのだが、達也たちはそのまま前に踏み出してしまった。 「ダメだっ!今は……っ!!」  混乱している時に下手に近付くと、更にパニックになって逃げてしまう。  夏樹が制止しようとしたが遅かった。  近寄って来る達也たちに怯えて、雪夜が一気に後ろに下がった。 「こっちに来ないでっっ!!」  雪夜は、一気に下がったことで、いつのまにかリビングから出てしまっていた。 「雪夜、それ以上下がると危な……!!」 「あっ!!」 「雪くんっ!?」    リビングの入口の真ん前は……階段だった。   「雪夜っ!!」  達也と慎也を押しのけて階段に向けて手を伸ばす。  だが、足を踏み外した雪夜の身体は、夏樹が掴む前に転がり落ちていた。  デジャヴ……  夏樹の脳裏に、船で雪夜の手を掴み損ねたあの瞬間の光景がフラッシュバックした。  ――……ねぇね……  落ちていく雪夜が呟いた気がしたが、慎也たちの悲鳴でかき消された。   ***  雪夜の身体は、頭を下にして不自然な恰好のまま踊り場で止まった。  夏樹は、(くう)を掴んだ自分の拳を開いて、手のひらを茫然と見つめる。  なんで……俺はまた……  そこにいたのに……手を伸ばしたのに……  夏樹は、船から落ちていく雪夜の手を掴むことができなかった。  真っ黒い海の中で、雪夜を見つけた時……あの時俺は、もう二度とこの手を離さないって……  夏樹の周囲から音が消えて、自分の胸の鼓動だけが聞こえた。   「嘘……嘘だ……こんな……雪夜?……何やってんの……?」  雪夜のいる所まで急いで下りていく。  たった数段なのに、雪夜までの距離がなかなか縮まらない。  階段がどこまでも続いているような気がした。  足の感覚がなくて、フワフワと雲の上を歩いているようで……夏樹まで足を踏み外しそうになりながら、ようやく雪夜に触れられる所まで下りた。 「ねぇ……雪夜?……お願い……起き……」 「ナツ!!待てっ!!触るなっっ!!」 「っ!?」  斎の声にハッとして、雪夜に触れようと伸ばしていた手を止めた。 「いいな?絶対に触るなよ!?……おいっ、お前ら!」  夏樹に触るなと注意しておいて、斎は放心状態の達也と慎也の頬をパンパンと少し強めに叩いた。 「しっかりしろっ!お前ら医者だろう!?お前らが診なきゃ誰が診るんだよ!早くしなきゃ助かるもんも助からねぇぞ!?」 「……っ!」  斎に怒鳴られて、まずは達也が表情を引き締めた。 「私が……診る!」 「ぼ、僕も!!」  二人とも斎に叩かれたせいで頬が赤くなっていたが、そのおかげで先ほどまで青白くなっていた顔色が、少し血色良く見えた。  達也と慎也がになって、冷静に雪夜の状態を確認する。 「大丈夫だ……まだ、息はある……」  達也の言葉に、全員がほっと息を吐いた。 「だが、頭を打っているようだし、頚椎や脊椎を損傷しているかもしれないから下手に動かさない方がいい」 「救急車呼びます!」 「あ、もう呼んだよ~!」  慎也が携帯を出そうとするのを遮るように上から声がした。 「ちょうど救急隊員と繋がってるよ。詳しい説明はよろしくね~!」  裕也は、軽快に階段を下りると、自分の携帯を慎也に渡した。 ***

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