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夜明けの星 4-21(夏樹)

 さすがの裕也も、今回はかなり驚いたらしい。 「いや~、頭が真っ白になるっていうの初めて経験したかも~」  だが、裕也が早々に冷静さを取り戻して救急車を呼んでくれたおかげで、迅速に病院に運ぶことが出来た。  救急車には、達也と慎也が乗って行ったので、夏樹たちは、斎の車で病院に向かった。 「ナツ!?おい!大丈夫か?」 「え?あ……はい」  病院に向かう途中、斎の呼びかけに、夏樹は気の抜けた返事をした。  あの時、斎のおかげで何とか冷静さを取り戻した夏樹は、達也たちが下りて来る前に雪夜の安否を確認していた。  直接触れなくても、呼吸音や胸元の上下の膨らみ具合で呼吸の有無は確認できる。  生きてる……大丈夫だ……生きてる……っ  呼吸をしているのを確認して、全身の力が抜けた。  海で雪夜の心臓が止まった時は、心肺蘇生をすれば大丈夫だという謎の確信があったし、夏樹自身も満身創痍(まんしんそうい)だったせいもあり、その時はあまり恐怖心など感じなかった。  だが、今回は両親が亡くなった時以来の、何とも言えない冷たい恐怖にじわじわと全身が包まれていく感覚を思い出した。  ……溺れた雪夜に心肺蘇生をすることは出来ても、階段から落ちた雪夜には何もしてやれないんだ……  達也たちが必死に処置をしている様子を見ながら……  頭から血を流し、ピクリとも動かない雪夜を見ながら……  ただ見ていることしか出来ない自分の無力さに腹が立ち、悔しかった。  そして……呼吸を確認して安心してからも、夏樹の胸にはずっとある不安が渦巻いていた。  あの時……雪夜が呟いた言葉……一瞬、本当に一瞬だったが、夏樹の耳には確かに聞こえた。  もしかして雪夜は――…… ***  雪夜は、上代総合病院に運ばれた。  手すりの装飾部分に引っ掛けて出血していた額は、前髪の生え際あたりを4針縫ったものの、頭蓋骨や脳には損傷は見られなかった。  落ちる時に、持っていた抱き枕がちょうどクッションになってくれて、サーフボードのように抱き枕ごと滑り落ちるようになったおかげで、直接階段に頭をぶつけることがなかったのだろう。  頚椎も脊椎も、大きな損傷はなかった。  全身打ち身はあったが、しばらく安静にしていれば大丈夫だということだった。  雪夜の義父、隆文(たかふみ)は、雪夜を特別室に入れた。  そこは、病室というよりは、子供部屋のような内装になっていた。  病院の中でも、最上階の少し隔離された場所にあることから、普段は使われていないらしいことがわかる。  きっと、山で発見された後、長らく入院していた雪夜のために作った部屋なのだろう…… 「――これだけ軽傷で済んだのは奇跡だ……」  雪夜を覗き込みながら、達也が呟いた。 「たぶん、麻酔が切れたら目を開けると思うよ」  優しく雪夜の手を握る慎也の顔が、少し強張っていた。  達也と慎也にしてみれば、この病院と雪夜の組み合わせはあまりいい思い出はないだろうから、仕方のないことかもしれない。 「――まだしばらくは目を覚まさないだろうから、今のうちにちょっといいか?」  達也に、「父がきみに会いたがっているんだ。私と一緒に来て欲しい」と言われたので、斎に雪夜を任せて、夏樹は裕也と一緒に部屋を出た。 ***

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