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夜明けの星 4-28(夏樹)
「それで、大学では?」
夏樹は、慎也の肩をポンポンと撫でて慰めながら、工藤に先を促した。
「あぁ、うん、だからね、大学で友人が出来たと喜ぶ雪夜くんの笑顔を見た時に、ようやく人間としての感情、自分自身の感情で、喜ぶということが出来ていることに気がついたんだよ。情緒面を育てるには、やはり対人関係が重要になる。そう考えて、私は上代氏に虚偽の報告をし、もう少し様子を見てみることにした。そして、きみが現れた」
工藤が夏樹に人さし指をピッと向けた。
「俺……ですか?」
「雪夜くんからきみの話を聞いた時は、はっきり言って信じられなかったよ。まさか雪夜くんがきみを拾って、嘘をついて、脅して、きみと恋人になるだなんて……これらの行動については、もちろん私は何も関与していないよ。全部雪夜くん自身の考えだ。雪夜くんの性的指向を男性にプログラムしたのは私だけれど……雪夜くんがそんな行動に出るだなんて全くの予想外だった」
工藤はさもおかしそうに笑った。
「俺を拾ったのは、雪夜自身の意思だったってことですか?」
「そうですよ?私は他人との接触を極力避けるように、人間関係全般に対して消極的になるようにプログラムしてあったのに、それを振り切って、雪夜くんが自分から、初対面のきみと付き合おうとしたということです。……そこが、雪夜くんがロボットから人間に生まれ変わった瞬間だったのかもしれないですね。あ~、私もその瞬間に立ち合ってみたかった……!」
雪夜が生まれ変わった瞬間……?
え、俺も見てみたかった……!!
なんで酔いつぶれてたんだよ俺ぇええええええ!!!!!!
いや、酔いつぶれていたから、雪夜が拾ってくれたわけだけど……
というか、あの時、雪夜に一体何があったんだろう?
***
「……あ、じゃあ、俺が知ってる雪夜は……」
「きみが知っている雪夜くんは、完全オリジナルの雪夜くん自身ですね。あなたと出会ってから、友人関係も更に良好になっていったようですし、友人とあなたと両方からいい刺激を受けて、雪夜くんの情緒はどんどん成長していきました。それに伴って表情も豊かになって……あなたのことを話す彼は本当に楽しそうだった……」
工藤が最後の言葉を、噛みしめるように、呟いた。
表情も、それまでの少し狂気じみた微笑みから、いつもの柔らかい人の良さそうな顔に戻って、本当に雪夜の成長を喜んでいるように見えた。
夏樹と出会ってからの雪夜は、ちゃんと自分で考えて動いていた……
そんなこと、夏樹が一番よく知っている。
ずっと傍で雪夜を見て来たんだから。
雪夜が自分で考えて、悩んで……そして夏樹を選んでくれた。
それが全てだ。それだけで十分だ――
それにしても、工藤の狙いはなんだ?
何か思惑がなきゃ、こんな話しないだろうし……
「隣人トラブルにあった時も、大学教授に襲われた時も、船での事故も……ひとつひとつが、本来ならばすぐに雪夜くんを研究所に戻さなければいけないものばかりです。そんなに大きなストレスを受ければ、確実に記憶に影響が出ますからね。だけど、彼にはあなたや友人がいた。ひとりなら無理でも、多くの人に支えられることで、彼はそれだけのストレスを受けても記憶にはほとんど影響を受けずにすんだ。多少不安定にはなっても、あなたが傍にいることで、過去ではなく現在、そして未来に希望を抱くことが出来るようになったのが良かったのかもしれませんね――」
所詮は大学四年間の話だからと、せめて四年間くらい好きにさせてあげたいという気持ちと、夏樹たちといることで四年間で雪夜がどれだけ成長するのかを見てみたいという気持ちから、工藤は上代や研究所に、虚偽の報告をし続けたらしい。
「というか、いつしか私は彼のことを被験者としてではなく、我が子のような思いで見守っていたんだと思います。なんせ、彼が四歳の頃からずっと見てきましたからね。だから、心のどこかで……きみに雪夜くんを大学卒業後も、守って欲しいと……研究所に連れ戻される前に、そのまま彼を連れ出して欲しいと願っていた……」
「それはもちろん……俺は研究所なんかに雪夜を渡す気はないですが……」
雪夜は誰にも渡す気はない。
だが、まさか、工藤にそんなことを言われるとは思ってもいなかったので、夏樹は若干面食らってしまった。
「ははは、きみならそう言うと思ったよ。だから、本当のことを話したんだ。この話は、ここだけの秘密でね?」
工藤がまた少しいたずらっぽく微笑み口唇に人さし指を当てた。
冗談みたいに言っているが、恐らく、内容的に本当に極秘情報なのだろう。
工藤が話したのは、真実のほんの一部にすぎないはずだ。
それでも、こうやって夏樹たちに話すことは許されないはず……
「俺は、あなたがここに来たのは、雪夜を研究所に連れ戻すためだと思っていた。でも、今の話だと違うんですか?」
「いいや、その通りだ。私は雪夜くんを連れ戻しに来たんだよ」
「じゃあ、なぜ……」
夏樹に雪夜を連れ出して欲しいと言いながら、自分は雪夜を連れ戻しに来た?
矛盾しているじゃないか……
「あ、な~るほど。そういうことか~!」
隣で静かに聞いていた裕也が、両手をパンッとあわせた。
「え?裕也さん、何かわかったんですか?」
「うん、簡単なことだよ。先生は、雪ちゃんをなっちゃんと一緒に居させてあげたいと思ってる。だけど、立場上、雪ちゃんを連れ戻さなければいけない……」
「はい……」
「え、なっちゃん?ここまで言ってわからない?」
裕也に、マジかよ!という顔で見られて、ようやく気がついた。
「あ、なるほど!そういうことか!」
つまり……
「そう。私は雪夜くんを研究所に連れ戻すために来たけれど、着いた時には、その雪夜くんはいなかった。どうやら恋人に連れ去られてしまったらしい。連れ戻す対象が姿を消してしまったなら、私にはどうしようもないな~!ということだよ」
「せんせ~頭いい~!」
「ありがとう!」
工藤と裕也が、なぜか意気投合して、楽しそうにハイタッチをした。
雪夜を手放したくないなら、一芝居打てということか……
くっそ面倒くさい!!!
なんだよそれっ!!
そういうことなら、遠回しに言わずに、さっさと言えっつーの!!
数分前まで、俺工藤先生のこと本気で殴ろうとしてたぞ!?
一瞬イラッとしたが、裕也と意気投合しているということは、工藤も裕也と同類……そう考えると、何となく諦めがついた。
慣れって恐ろしい……
***
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