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夜明けの星 4-30(夏樹)
「――工藤先生、目を覚まさない原因は何だと思います?」
夏樹は、眠ったままの雪夜の頬を撫でながら、工藤に問いかけた。
あれから一ヶ月。
隆文もいろいろと検査して調べているようだが、これといった原因が掴めずにいた。
身体機能には異常がないので、何らかの意識障害からくる昏睡状態ということになっているが、それも本当のところはわからない。
「う~ん……雪夜くんが階段から落ちた時の状況、もう一度詳しく聞かせてもらえますか?」
「あの時は――……」
夏樹が当時の状況を工藤に話した。
「裕也さん、他に何かありましたっけ?」
隣でパソコンを弄っていた裕也に話を振る。
裕也は工藤のことが気に入ったのか、しょっちゅう連絡を取り合っているらしい。
工藤がここに来る時にはたいてい裕也もやってくる。
ここを待ち合わせ場所にするの止めてくれないかなぁ……まぁいいけど。
「ん~?あぁ、僕、あの時の会話録音してるよ?」
「え?ちょ、それもっと早く言って下さいよ!」
「ごめんごめ~ん。なっちゃん記憶力いいから、必要ないかな~と思って~」
「いや、あの時は俺混乱してたから、さすがに全体は把握してないですよ……」
「あはは、だよね~。あった!流すよ~?」
裕也は、夏樹たちがあの家に着いたところからの会話を全て録音してあったらしい。
工藤は全部聞きたがったが、とりあえず雪夜が起きてくる直前の会話から聞くことにした。
「――……雪夜くんの発言から、恐らく聞いていたのは、兄たちにゲイだと思い込まされたってところだけですかね……まぁ、本当は私が記憶操作したんですが、彼らはそれを知らなかったので自分たちが教えたせいだと思ってるんですよね」
「そうですね。まぁそこら辺を言い出すと話がこんがらがってくるので、とりあえずこの時の状況だけで……」
「ふむ……そうですねぇ……いまの昏睡状態の原因になっているかどうかはわかりませんが……この時の雪夜くんは、一見、兄たちの嘘にショックを受けているように聞こえますが、たぶん……ゲイじゃないのにあなたを巻き込んでしまったことにショックを受けているんだと思いますよ」
「え?俺ですか!?」
「あの子は元々、ゲイではないあなたを脅して恋人になって貰ったことに、負い目を感じていましたからね。今は両想いになったとは言え、そもそも自分がゲイじゃなかったのなら、あなたを脅すことも、恋人になって貰うこともなかった……とか考えてもおかしくないですね――」
「いや、でもそれは……」
あの日のことは俺は怒ってないし、雪夜が拾ってくれて、嘘を吐いてくれて良かったと本気で思っている。
そのことは、これまでに何度も伝えて来た。
だから、さすがにもうそのことを気には……気には……
……してるわ~~~!!!
夏樹は思わず頭を抱えた。
あ‟~~~!!そうだよ!!気にしてるよなああああああ!!そりゃもう、確実にっ!!
だって、雪夜だからっ!!
俺が何度「好きだ」「愛してる」って言っても信じてくれない子だからね!?
夏樹はため息交じりに雪夜の手を握ると、
「気にしなくていいって言ったのに……だいたい、雪夜がゲイかノンケかなんて、俺にはどうでもいいんだよ。……いい加減、俺がどれだけ愛してるかわかってよ……」
雪夜の手を持ち上げて、指のリングに口付けながら呟いた――……
***
「ねぇねぇ、なっちゃ~ん、この時、雪ちゃん何か言ってた?」
「……え?」
感傷的になりかけていた夏樹に、いつものように空気を読まない明るい口調で裕也が話しかけてきた。
夏樹の目の前にパソコンの画面を突きつけてくる。
だが、夏樹はその画面よりも、先ほどの裕也の言葉が何か頭に引っかかっていた。
なんだ?どの言葉が気になったんだろう……
「……ね?どう?」
「え?あ、すみません。もう一度お願いします」
「も~!だからね?雪ちゃんが落ちる時か落ちてから、何か言ってた?」
「……え?」
「このカメラの位置からだとちょっと見えないんだけど、そう言えばあの時、なっちゃんが何か言ってた気が……」
「それです!!そうだっ!!俺なんで忘れてたんだろう……!!」
思い出したっ!!
「工藤先生!!『ねぇね』です!!」
「へ?」
「雪夜が階段から落ちていく時に、その言葉をポツリと呟いたんですよ!『ねぇね』って……雪夜の姉のことじゃないですか?」
「あぁ……はい、姉のことですね。そうですか……『ねぇね』と……」
ぶつぶつと言いながら、工藤が難しい顔をして考え込んだ。
あの時、落ちていく雪夜の口が、一瞬『ねぇね』と動いた。
あれ?と思ったが、その後の雪夜の状態や院長室で聞いた真実など、いろいろと衝撃が大きすぎて、いつの間にかすっかり忘れてしまっていたのだ。
裕也さんに話しておいて良かった……
まぁ、俺の勘違いかもしれないけど――……
***
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