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夜明けの星 番外編1-5(夏樹)

「……な~んちゃって~!」  クマに抱きついた雪夜が、パッと顔を上げ涙で潤んだ瞳を大きく開いて、ちょっとおどけた顔で笑った。 『……クマ?』 「いまのは~、ゆめのはなしでした~!びっくりした~?」  まだほろ酔い状態だが、口調も雰囲気も現在(いま)の雪夜に戻っていた。 『ゆめ……クマ?』 「そうだよ~。ゆめ!だって、はオニさんにつかまったことなんてないもん!」 『鬼さんに捕まったことはないクマ?』 「ないよ~!……でも、このゆめはいっつも見るの」 『いつもクマ?』 「うん、い~~っつも。いつもみんなを助けたくてがんばるんだけど、でも、おれのせいで……さいごはやっぱりみんなオニになっちゃう……」  雪夜が、強張った笑顔を貼り付けたままクッションを抱きしめた。   『クマ~……雪ちゃんのせいじゃないクマよ!オニさんが悪いクマ!オニさん怖いクマ……』 「……うん!そうなの!オニさんは怖いよ~!?だからクマさんは~、オニさんが来たらぜ~ったいに逃げなきゃダメだよ~!?」  雪夜がクマに向かって真剣な顔で諭す。 『雪ちゃんも一緒に逃げるクマ!』 「ダメダメ!おれは~、にげられないの!もう……捕まっちゃったから……でもでもだいじょ~ぶ!だってね……」  雪夜がズズイとぬいぐるみに近付いたので、更に顔がドアップになった。  他に誰もいないのに、雪夜はなぜか室内をキョロキョロと見回し、内緒話をするように声を潜めた。 「あのね、オニさんのゆめを見て目をさますとね~……なつきさんがいるの~!!」 『……ク、クマ~?』  どうだ?という顔でぬいぐるみを覗き込んでくる雪夜に、さすがの裕也も返答に困ったらしい。 「だから~、オニさんじゃなくて、なつきさんがいるんだってば!……なつきさんがね、ぎゅぅ~ってして~、『だいじょーぶだよ~』って、ニコッてわらって~……ちゅぅしてくれるの~!……そしたら……こわいのはポーンってとんでって、なくなるの!すごいでしょ~!?」  雪夜が身振り手振りを交えながらクマに説明する。 「……だからね、おれはこわくないの。オニさんにつかまっても~、こわくなんかないんだよ~!おれはね、なつきさんがいてくれるからね、だいじょーぶなんだよ~!」 「……っ!?」  散々惚気(のろけ)た雪夜が、テーブルに置いてあった桃のチューハイの缶に手を伸ばした。  いっぱい話したので喉が渇いたのか、缶に残っていた分を一気飲みしてしまった。 「――……プハァ~!……ヒック……どうれしゅか~?~なちゅきしゃんは~、しゅごい……れしょ……」  雪夜は、頬を上気させて嬉しそうに笑うと、そのままぬいぐるみにもたれて気持ち良さそうに眠ってしまった――……  雪夜……  夏樹は声もなく映像に見入っていた。  毎晩のようにうなされていた雪夜は、ずっとそんな夢を見ていたのだろうか……?  繰り返し、繰り返し……地獄のような日々を……  工藤が記憶を弄るのに苦労したのは、先に暗示がかけられていたからかもしれない。  それくらい、雪夜にかけられた暗示は強いということだ。 「雪っ……っ……」  ……俺がいるから怖くないって……?    目の前の雪夜が涙で歪んで見えた。  何よりも大切で……愛おしくて……  それなのに、いつも俺は何も……  何も……  夏樹は、雪夜の手の平に口付けて自分の頬に当てた。    俺が雪夜のために……出来ること――……   ***

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