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夜明けの星 6-2(夏樹)
「んじゃ行くか。忘れ物ないか?」
到着の連絡を受けた斎が夏樹の荷物を持って部屋の中を見回した。
「大丈夫です。その荷物だけお願いします」
夏樹は斎と一緒に部屋を見回すと、雪夜に向き直った。
「雪夜、これから下におりて行くんだけど、たぶん、人がいっぱいいると思う」
「っ!?」
人がいっぱい、と聞いて、雪夜が一瞬不安そうな顔をする。
「ビックリするかもしれないけど、俺が抱っこしていくし、怖かったら俺にしがみついてていいから、ちょっとだけ頑張ろうね。念のためにイヤーマフ付けておこうか」
「っ!」
「よし、おいで!」
雪夜が頷いたのを確認して、聴覚過敏用の防音保護具 をつけて抱きあげる。
雪夜は、意識が戻ったあと、聴覚視覚触覚すべてにおいて過敏になっているのも3歳の頃と同じだった。
特別室が防音で隔離されているのは、雪夜が奇声を発して暴れていたからという理由だけではなく、周囲の雑音から守るためでもあったらしい。
ただ、症状としては昔よりは軽めで、半年の間に少しずつ改善されてきているし、兄さん連中がお見舞いに来るとどうしても賑やかになっていたので、ある程度の音量や人の話し声にもだいぶ慣れてきてはいる。
だが、複数人の雑音や騒音はパニックになる可能性があるので、念のため……
なんせ、病院から出るのが初めてなので、雪夜が何に反応するのか読めないところが多すぎるのだ。
病室から車に移動するだけ。
病院から別荘に行くだけ。
……別荘で暮らすだけ。
たったそれだけのことなのに不安要素がありすぎて、事前に隆文たちと何回話し合いをしたのかわからない。
最初は顔をあげて物珍しそうにキョロキョロしていた雪夜だったが、おりていく途中で人の気配を感じ取ると慌てて夏樹にしがみついて顔を伏せていた。
雪夜は未だに人が鬼に見えているらしいが、斎たちのおかげで怖い鬼ばかりではないということも理解し始めている。
そのため、人に会うと目を閉じて見ないようにし、叫ぶのを我慢するなど、雪夜自身もすぐにパニックにならないように一生懸命、恐怖 に立ち向かおうとしている。
本当は、そんな我慢をしなくてもすむように、普通に人として見えるようになるのが一番いいのだが……まだそれについては先が見えない。
***
「ははは……やっぱり……」
一応、なるべく人に会わなくてすむようにと、裏口から出られるように隆文が取り計らってくれたのだが……
夏樹は、裏口前に横づけされた車を見て、思わず引きつった笑い声で呟いた。
詩織は職業柄他人に聞かれると困る話をすることもあるので、移動しながらゆっくりと話しが出来るようにとリムジンを二台所有している。
そのうちの一台が目の前に停まっていた。
「何か問題でも?」
夏樹の反応に、斎が軽く眉をあげる。
「いえ……そうですね、たしかにアレなら窓の外見なくてすみますね……」
「だろ?」
「でも、悪目立ちしてますけど……」
黒い外装は夜は目立ちにくいが、陽の光の下では、いかつい……
そもそも、リムジンが病院に停まっていること自体目立つ。
夏樹が車の周りに群がっている野次馬を顎で指すと、斎がちょっと鼻の頭を掻いた。
「あ~……しょうがねぇなぁ、俺が惹きつけとくからその間にさっさと乗れ」
「はい」
どうやって?とは聞かない。
斎がその気になれば、性別を問わず人目を惹くことなど容易 い。
案の定、斎が出た途端、野次馬の感心がそちらに向いたことは黄色い歓声の位置が移動していくことでわかった。
車の周りから人が居なくなったのを確かめて、素早く乗り込む。
「雪夜、もう目開けていいよ」
「……!?」
「あ~……はは、ちょっとビックリだよね~。車の中だよ。これでも」
「っ!?っ!?」
目を開けた雪夜は、車の中とは思えないラグジュアリーな空間に呆気に取られて、ポカンと口を開けたまま車内を見渡していた。
内装は黒と白があるが、雪夜が暗いのは苦手なので白い内装の方を頼んでくれたらしい。
夏樹も何回か乗せてもらったことはあるが……なんて言うか……いつ乗っても凄い。いろいろと。
「た~だいま」
「あ、お疲れ様です」
しばらくして、斎が車に乗り込んできた。
「あ~疲れた」
「ありがとうございました」
「はいよ。お?どした?雪ちゃん気に入ったか?」
髪を掻き上げながらソファーに座った斎が、車内をキョロキョロと見回す雪夜の様子を見てちょっと笑った。
「いや、驚いてるんだと思いますけど……」
「つーか、なんで照明ブルーにしてんだよ。普通に灯りつければいいじゃねぇか。暗いだろ?」
斎がどこかのボタンを押すと、車内の照明が変わった。
「俺この車乗ったの数回だし、いつも兄さんらが操作してるからどこに何のボタンがあるのかなんて知りませんよ!」
「え、そうだっけ?ほ~ら、明るくなったぞ雪ちゃん。これで怖くないだろ」
「っ!?」
照明が変わったので、雪夜がホッとした顔をしたと同時に、不思議そうに斎の顔とライトを交互に見た。
「雪ちゃん、こっち来てみな?このボタン押したらライトが変わるんだよ。やってみるか?」
「っ!!――」
雪夜は、斎に教えて貰っていろんなボタンをポチポチして楽しんでいた。
うん、これは……車内の設備で遊んでるうちに別荘に着きそうだな。
まぁ、それはそれでいいけど。
次々に変わるカラフルなライトを見ながら、夏樹はソファーにもたれてちょっと伸びをした。
***
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