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夜明けの星 6-1(夏樹)

 ――雪夜が入院してから、およそ一年。  例年よりも早い梅雨明けが発表された翌日、ようやく退院の日を迎えた。  ずっと空調の効いた病室にいたので、暑さに耐えられるのかと隆文が心配するほどの猛暑日だった。  心配すべきは他にもあると思うんだが…… 「よし、それじゃあ、俺は先に出るぞ」  車いっぱいに夏樹たちの荷物を載せた浩二は、一足先に病院を出た。  着替えは斎たちが季節ごとに衣替えしてくれていたとは言え、一年間も入院していると何気に荷物が増える。  それらの荷物は、とりあえず別荘に運んでもらうことになっている。 「ところで、雪ちゃん、車大丈夫なのか?」  看護師たちに最後の愛想を振りまいて帰って来た斎が、缶コーヒーを飲みながら夏樹を見た。 「う~ん……寝てくれてたら大丈夫だと思いますけど……今はお目目パッチリですね」  朝から荷物の移動や退院前の体調確認で人の出入りが激しかったせいか、雪夜はちょっと興奮気味だった。   「寝るまで待つか?」 「どうしましょうかね……もうちょっとしたら眠たくなると思うんですけど……雪夜~、車に乗ってお出かけできそう?」 「……?」 「あんまり窓の外を見せないようにすれば大丈夫かな~……」 ***  雪夜は昏睡状態から目を覚まして以来、病院の外に出るのは今日が初めてだ。  人が鬼に見える状態は半年経った今でもまだあまり改善の兆しが見られず、人に会うとパニックになってしまうので、病院内でも、最低限の人としか会っていない。  移動も、検査室やリハビリ室への移動くらいで、ほとんどがこの特別室で過ごしていた。  別荘自体は山の中にあるし、一般人は入ることが出来ない場所にあるので、雪夜も落ち着いて過ごせるはずだ。  だが、病院から別荘までの道筋には、大通りもあって人通りが激しい道もたくさんある。  この半年間で、夏樹が抱っこしていると落ち着いていられるようにはなったが、車の中ではずっと抱っこしているわけにはいかない。  夜になれば少しは人通りがマシになるとは思うが、暗くなると雪夜がもっとパニックになるので無理だ。  一番いいのは、子どもの頃、家に連れ帰った時と同じように、眠っている間に連れ出すことなのだが…… 「……?……っ!」  雪夜は、考え込んでいる夏樹と斎の様子を不思議そうに見ながら、夏樹の手を引っ張って、まだ行かないのかと急かして来た。   「あ、そうか。窓の外が見えないようにすればいいんだよな?な~んだ。簡単じゃねぇか」  斎がポンと手を叩くと、どこかに電話をかけ始めた。 「え?ちょ、斎さん?」  なんだか、嫌な予感しかしない…… 「――よし、30分くらいで来るってよ」 「え、何がですか?」 「迎えの車。雪ちゃんが外を見なくてもすむやつ」 「そんな車ありましたっけ?」 「詩織さんが持ってる」 「詩織さんが?……あ゛……もしかして……!?」  詩織さんが持っているコレクション()の中で、窓の外を見なくてすむ車。  夏樹も思い当たるものがあった。  だが……  え、マジか……アレで行くの!?  嘘だろっ!?絶対目立つっ!! 「さ~て、雪ちゃん、退院だぞ~!」 「~~~っ!!」  思わず頭を抱えた夏樹の横で、雪夜は両手をあげて喜んでいた。     ***

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