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夜明けの星 5-20(夏樹)
「――それで……雪夜、何で鍵閉めたの?」
雪夜と向き合いながら、改めて聞いてみる。
「……っ……」
雪夜は、プイっと夏樹から顔を逸らした。
逸らした方向に裕也がいることに気付くと、慌てて反対方向を向く。
夏樹と裕也はその様子に吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。
「んん゛、俺には言いたくない?」
「……」
雪夜は小さく頷くと、そのままむくれた顔で俯いた。
「う~ん、じゃあ、俺の話聞いてくれる?俺は雪夜に話したいことがいっぱいあるんだよ」
まぁ……話したいことというか、話してなかったっていうか……忘れてたっていうか……
「あのね……モゴッ!?……ふひは ?」
「……っ!」
夏樹が話そうとすると、雪夜が手で夏樹の口を押さえてイヤイヤと首を横に振った。
夏樹の話を聞きたくないということらしい。
その手を掴んで邪魔を出来ないように膝の上で押さえながら続きを話す。
「……あのね、聞いて?最近このお部屋にいっぱい人が来てたでしょ?あれはね、退院に向けてのお話をしてたんだよ。“退院”はわかるよね?」
幼い頃から入退院を繰り返していた雪夜には、“退院”の意味はわかるはずだ。
だが、雪夜は“退院”と聞いて表情を曇らせた。
「それで……」
「~~~っ!」
「……ん?」
雪夜が首を横に振りながら夏樹に向かって必死に何かを伝えようと口を動かして来たので、一旦言葉を切って雪夜の顔を見た。
「なぁに?」
「……ダッ!」
「……え?」
今……「だっ」って言った……?
「ヤ……ダッ!!」
「……雪夜?」
「ヤァダ……ッ!!ヤッ……ダッ!!」
「雪夜、声……」
およそ一年ぶりに聞いた雪夜の声は、掠れてまだほとんど音になっていなかったけれど……それでも必死に「やだ」の二文字を発声していた。
思わず隣に座っていた裕也と顔を見合わせる。
裕也も驚いた顔で雪夜を見ていた。
「ッ……ヤァ……ダァ!!っ……ゲホッゲホッ……」
いや、驚いてる場合じゃないっ!
雪夜が咳き込んだことで、夏樹と裕也はようやく我に返った。
「雪夜、ちょっと待って!ストップ!喉痛いんでしょ、水飲もうか」
奇声を発していた時もそうだが、無理やり声を出すせいで余計なところに力が入って声帯を痛めているらしい。
声が聞けたのは嬉しいけど……まだ無理やり出してるってことだな。
「ゆっくり飲んで」
裕也から受け取った水を雪夜に渡して、少しずつ飲むように促す。
興奮しているせいか、呼吸が荒い。
その上、声を出すためにかなり力んだらしく、顔が真っ赤になっていた。
「雪ちゃん大丈夫?先生呼んでこようか?」
「喋らなきゃ大丈夫だと思います。今ちょっと興奮してるから……」
「そか、うん、よし!じゃあ、なっちゃん、早く落ち着かせるんだっ!」
「そのつもりですけど……」
裕也に言われるまでもなく、雪夜を抱き寄せて背中を撫でながら落ち着かせてはいるが……退院の話でここまで興奮すると思わなかったのでちょっと戸惑っていた。
雪夜に退院の話をしていなかったことに気付いたのは今さっき。
夏樹は雪夜が退院できることに頭がいっぱいで、雪夜本人にちゃんと説明するのを忘れていたのだ。
でも、この様子だと……機嫌が悪い原因はもう一つの方……かなぁ~?
「雪夜?何がそんなにイヤなの?」
「ヤ……ダッ……~~~っ」
雪夜は、また「やだ」を連呼しながら泣き始めた。
「あ~……ごめん、俺が悪かった。今は声出さなくてもいいから。いつもみたいに教えて?えっとね雪夜……退院するのがイヤ?」
「っ……!」
雪夜が声を出すのを止めて、いつものようにうんうんと頷く。
「イヤかぁ~……でも、俺は退院して欲しいな~……」
「っ!?」
「雪夜も病院 でずっといたくないでしょ?早く元気になって退院したいと思ってたんじゃないの?」
「……っ」
夏樹の問いに、しょんぼりと俯く。
病院は嫌いなはずなのに、雪夜が退院するのを嫌がる理由は……
「俺は雪夜が退院できるのは嬉しいよ。退院して、早くまた一緒に暮らしたい」
「……!?」
雪夜がパッと顔をあげて、首を傾げた。
あ~、うん。やっぱり雪夜、勘違いしてたのか……
「雪夜は俺と一緒に暮らすのイヤ?」
「……っ!!」
雪夜は、慌てて首を横に振った。
「そう、良かった。退院したらね、俺と一緒に暮らすんだよ。入院する前も、そうしてたの。……雪夜は覚えてないかもしれないけどね」
「っ?っ?」
雪夜がキョトンとした顔で小首を傾げながら、自分と夏樹を交互に指差す。
「そうだよ?一緒に住んでたの。でも、退院したらまずは……しばらくは別荘に行くからね。そこも雪夜は行ったことあるんだよ。俺も一緒に行くし、裕也さんたちも遊びに来てくれるからね。でも、お医者さんはいない。病院じゃないからね」
「……っ!?っ?」
ちょっと難しい顔をして考え込んでいた雪夜は、夏樹と裕也を交互に見て、ひとりずつ指差して……最後に自分も指差すと、夏樹を見て、安心したように肩の力を抜いた。
今の雪夜の精神と記憶が3歳児の状態なら、雪夜にとっては、退院する=実家に帰る、という認識になっているはずだ。
つまり……退院してしまうと、そこには夏樹がいない。
だから……
「俺はずっと一緒にいるよ。いつだって雪夜の傍にいるって言ったでしょ?」
「……」
雪夜の大きな瞳が夏樹をじっと見返してくる。
「退院して、また俺と一緒に暮らそう?ね?」
「……っ!」
夏樹が両手を広げて微笑むと、雪夜が一瞬くしゃっと顔を歪ませて、勢いよく首に抱きついて来た。
雪夜からまた抱きついて来てくれたことに安堵しながら、ギュッと抱きしめる。
「よしよし、ごめんね、俺がちゃんと話してなかったから不安にさせちゃったね」
「っ……っ……!」
「うん……だからね、雪夜……お願いだから、さっきみたいなのは勘弁して……?今ケガしちゃったら、また退院出来なくなっちゃうよ?」
「!?」
夏樹の言葉に雪夜がハッとして、ちょっと焦った顔をした。
「大丈夫、先生には内緒にしておくから。でも、もうしないって約束して?」
「っ!!」
雪夜がうんうんと頷いて、ペコリと頭を下げた。
夏樹と裕也は、そんな雪夜の姿に苦笑しながらホッと息を吐いた――……
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