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夜明けの星 5-19(夏樹)
ノートパソコンを出して何やら仕事を始めた裕也の隣で、夏樹はタブレットを見ながら考えていた。
最近、俺があんまり構ってあげられなかったから?
人の出入りが激しかったから?
この数日、誰かが出入りする度に、夏樹に異常に引っ付いて来ていた。
でも、以前のように奇声を発することはなかったし、暴れることもなかったし……
だから、ちょっと疲れてるのかと思って……退院すれば、人に会う回数は減るから落ち着くだろうと……
ん?ちょっと待てよ……――?
「……あ゛!」
「ん?わかった?」
「いや……もしかして、これかな?っていうのは……――あ゛~……裕也さん、ちょっといいですか?」
夏樹は、裕也の耳元に手を添えて小声でお願いをした。
「ん~?――……あ~なるほどね、わかった」
兄さん連中は飲み込みが早くて助かる。
裕也に目で合図をしながら、夏樹はもう一度部屋の前に立った。
***
「雪夜~、夏樹だけど……ここ開けてくれないかな?あのね、ちょっと雪夜にお話しがあるんだけど……お~い、雪夜~!聞いてる?」
ドンドンと入口の戸を叩いて話しかけながら、タブレットで室内 の様子を確認する。
「雪夜、俺の声聞こえてる?――」
夏樹が話しかけると、雪夜がピョコンと顔をあげて声のする方向を見た。
見ることは見たが、ベッドから動く気はないらしい。
「――雪夜、開けてくれないんだったら、俺ちょっと出かけて来るけどいい?……じゃあ行って来るからね?帰ってきたら、ここ開けてね?」
そう言うと、ひとまず部屋の前から離れた。
「!?」
少し離れてからタブレットを見ると、ちょうど夏樹の言葉に焦った雪夜が慌ててベッドから下りようとして……ベッドから落ちた。
「あ゛……」
雪夜がよく落ちるので、ベッドの下にはクッション性のあるマットを敷いている。
だから、ケガはしていないとは思うけれど……
すぐに飛んで行きたい気持ちを抑えて様子を見ていると、しばらくじっとしていた雪夜が泣きながらのそのそと起き上がって、自分の足をペチペチと叩いた。
あ~……イライラしてるな……
リハビリが進んで、支えがあれば少しの距離なら歩けるようになった反面、自分の思うように動かない身体にイラつくことが増えてきているのだ。
でも、その割に最近はあまり夏樹にも感情をぶつけて来なくなっていた。
だから、一見落ち着いてきているように見えていたのだけれど……
やっぱり……――
「……っ……!!」
「ん?あ、マズいっ!……雪夜っ!!」
タブレットを見ていた夏樹は、部屋の前でしゃがんでいた裕也にタブレットを放り投げて急いで中に入った。
先ほど、夏樹が話しかけている間に、裕也に鍵を開けて貰っていたのだ。
少し大きめの音で戸を叩いていたのは、鍵を開ける音を聞かれないためだった。
「雪っ!ダメだよっ!」
夏樹が入ると、雪夜が窓を開けようとしていた。
くそっ!どうしてそういう行動だけは早いんだよ……っ!!
窓には少し高い位置に鍵がついている。
幼かった雪夜には絶対に手が届かない位置だ。
でも……今の雪夜には……椅子に上って背伸びをすれば手が届いてしまう。
椅子に上っていた雪夜が、夏樹が入って来たことに驚いて少しグラついた。
「……っ!?」
夏樹は数歩で窓際にたどり着き、雪夜がバランスを崩して落ちる前に抱きとめると、そのまま床に座り込んだ。
「……っぶね……ったくもう!何やってるの、危ないでしょ!?頼むから……もう……っ」
――勘弁してよ……
雪夜を抱きしめる手が、声が、少し震えた。
今のは間に合うとわかっていたけれど、今まで何度も同じような場面があって、何度も手が届かなくて……今でも時々、落ちていく雪夜の顔を夢に見てはうなされている……
「……っ……~~~~っ!」
腕の中で雪夜が声もなく泣きだし、夏樹の服をギュっと引っ張った。
「あ……違っ……ごめん、今のはちょっと強く言い過ぎたよね。あのね、怒ってるわけじゃないよ、雪夜を心配して……って、痛ってぇ~っ!!」
今までのも今のも、雪夜が悪いわけじゃないのに……思わず雪夜にあたってしまったことに気付いて慌てて言い訳をしていると、裕也に後ろから思いっきり頭を叩かれた。
「なっちゃ~~ん!?今のはダメでしょ!!なっちゃんの気持ちもわかるけど、今の言い方はダメ!」
「ぅ……スミマセン……」
「僕に謝ってどうするの!!雪ちゃんにちゃんと謝りなさい!!」
「雪夜、ごめんなさい」
夏樹が雪夜にペコリと頭を下げると、夏樹と裕也のやり取りに驚いて泣き止んだ雪夜が、オロオロと夏樹の頭を撫でながら二人を見た。
「あ、僕は裕也さんだよ~。わかるかな?怖い鬼さんじゃないからね~」
「っ!」
裕也が雪夜に向かって手を振ると、雪夜がちょっと安心したように小さく頷いた。
ある意味、鬼より怖いけどね……
「なっちゃん?今何か言った?」
「言ってません!!」
心の中まで読まないでくださいっ!!
***
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