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夜明けの星 5-8(夏樹)
――雪夜の鬼の夢については、隆文や工藤にも話してあった。
雪夜が目覚めない原因は何か……?
目覚めた後の雪夜がどんな状態になるのか……?
それらについて考えていく上で、役に立つと思ったからだ。
工藤は研究員時代、雪夜から“周囲の人間が鬼に見えていた”ということはチラッと聞き出していたようだ。
だが、なぜ鬼に見えていたのかというところまでは聞き出せず、当時は、雪夜はまだ子どもだから、単に声が出なくなったのは事件のショックからで、人間が鬼に見えたのは混乱していただけだろう、と深く考えることはなかったらしい。(これについては、隆文も同意見だったとか。)
だから、工藤は犯人による無意識のマインドコントロールに驚愕したようだ。
――きみは人間と会ったり、話しをしたりしてはいけない。約束を破ると、みんな鬼になる
――お姉ちゃんがしんじゃったのは、きみが悪い子だからだ
――きみが言うことを聞かないと今度はママたち がお姉ちゃんみたいになっちゃうよ?
大人からすれば、咄嗟に放たれた何気ない言葉に聞こえるが、子どもだった雪夜にとっては、無視できない恐ろしい言霊 で、全てまともに受け取ってしまった。
「当時、私がちゃんとそのことに気付いていれば……もう少し違ったやり方でアプローチをすることができたのに……」
ショックを受けて落ち込む工藤に、夏樹と斎は冷たい視線を送っていた。
今更そんなことを言っても遅い……
***
あれから、工藤も駆けつけて雪夜の様子や反応を見たところ、全体的に三歳の頃の状態と酷似していることから、山での記憶などを思い出したせいで処理が追い付かず、記憶や精神が退行している。という結論に至った。
夏樹のことも忘れている、もしくは、鬼に見えている……それは、検査室での雪夜の様子からもわかる。
だが、あのあと目を覚ました雪夜は、誰かが病室に入って来ようとすると、足音や影だけでも怯えてパニックになるのに、なぜか夏樹が近付くのは嫌がらなくなった。
むしろ、夏樹には自分から抱っこをねだってくるようになった。
夏樹としてはもちろん、めちゃくちゃ嬉しいのだが、一つ問題がある。
雪夜が目覚めてからというもの……
「雪夜は今混乱しているんだ。きみのこともわかっていないと言っただろう?ひとりにしてやった方がいい。きみも部屋から出なさい!」
と言って隆文が夏樹を追い出しに来るようになったのだ。(雪夜がパニックになっているのは隆文が来たからなのだが……)
実は、隆文はいまだに、夏樹が雪夜の恋人だという事実を認めたくないらしく、性懲 りもなく、雪夜と夏樹を引き離そうと考えていたようだ。
ところが、現状では雪夜に近付けるのは夏樹だけなのだ。
確かに夏樹のことは認知していないが、それでも、一旦夏樹が部屋から出て行こうとすると、その度に、雪夜は慌てて追いかけてこようとする。
筋力が落ちていてまだ歩けないのに追いかけてこようとするので、毎回ベッドから落ちてしまいかなり危なっかしい。
青痣ができるくらいならまだマシだ。
勢い余って頭から落ちそうになり、夏樹が慌てて受け止めて事なきを得たということもあった。
誰がどう見ても、ひとりになりたがっている子の行動ではないし、夏樹の姿が見えなくなると更にパニックになる。
そんなわけで、一週間後とうとう隆文が折れた。
夏樹は今度こそ隆文公認で、雪夜に付きっきりで看病することになった。
昏睡状態だった時もずっと付き添っていたのだが、同じ付き添いでも、雪夜が起きて動いているだけで、気分的に全然違う。
喋れなくても表情で何が言いたいのかだいたいわかるし、雪夜が甘えて来てくれる今の状況は、以前の不安定な時の雪夜と似ているので、夏樹にしてみれば、こういう状態の雪夜の相手をするのは慣れている。
ただ、夏樹には懐いていると言っても、今の雪夜にとって夏樹がどう見えているのかはわからないので、一応キスは頭や頬に軽くするだけにしている。
つまり、客船事故の時の入院時とほぼ同じ状態だ。
うん……頑張れ俺……!!
***
二週間程経った頃には、雪夜も少し落ち着いてきた。
他の人には相変わらず怯えるが、夏樹が抱っこしていれば叫んだり暴れたりすることが減り、何とか検査も受けられるようになった。
とりあえず、俺は“いい鬼さん”ってことになってるのかな?
なんだか、昔話にそんな話があったな~とぼんやり考える。
なんにせよ、雪夜が傍にいてくれるなら、いい鬼さんだろうが、クマさんだろうが、何でもいい。
記憶が混濁していても、俺のことを忘れてしまっていても……
それでも俺が雪夜にとっての逃げ場所になれているのが嬉しい。
雪夜にとって、俺が安心できる場所になれているならそれでいい……
***
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