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夜明けの星 5-9(夏樹)

「ん、あっま!はい、雪夜。あ~ん……」  夏樹は、浩二が買って来てくれたシュークリームを一口(かじ)って、カスタードクリームをスプーンですくうと、雪夜の口元に近付けた。 「……っ!?」 「おいし?」  恐る恐る口にした雪夜が、目を見開いてパチパチと瞬きをし、もう一度、あ~ん、と大きく口を開けた。 「おいしかったんだ?そかそか、良かったね。(こっち)も食べてみる?え~、クリームだけがいいの?」  夏樹の言葉にうんうんと大きく頷く雪夜を見て、浩二が満足そうな顔をする。 「雪ちゃん、うまいか~?」 「気に入ったみたいですよ。食いつきがいいです」 「そりゃよかった――……」 ***  ――雪夜の義父である隆文(たかふみ)公認で夏樹が付き添えるようになってから、雪夜の栄養摂取方法が経口摂取に切り替わった。  夏樹には懐いているので、もし雪夜が自分で食べられなくても夏樹が食べさせればいい、とこの時は安易に考えていた。  夏樹だけでなく、看護師や隆文たちでさえも……  だが、予想に反して雪夜は夏樹が食べさせても何も口にしようとしなかった。  水分さえも嫌がり、含んだ瞬間吐き出してしまう……  隆文と工藤に話すと、しまった!という風に二人揃って顔をしかめ、ため息を吐いた。 「そうか……それもか……」  雪夜が何も食べようとしないのも三歳の頃と同じで、どうやら監禁中食べ物に薬を混ぜられていたせいで、食べ物=何かイヤなものが入っている、というトラウマが出来ているらしい。  夏樹が知っている雪夜は、子どもの頃のトラウマのせいで薬を飲むのが苦手なのだが、それはこのトラウマを工藤が薬限定の記憶に塗り替えたからで、そのおかげでなんとか口から普通に食事が出来るようになったのだという。  このまま経口摂取ができなければ、またチューブを入れるしかない。  そして、また記憶を弄ることになる。  夏樹としては、それは避けたかった。    昔は雪夜に近付ける人がいなかったから、工藤が記憶を弄るまでは経管栄養で過ごしていたというのは仕方がない。  でも今は夏樹がいる。  夏樹は雪夜に寄り添い、じっくりと雪夜に向き合うことができるのだから、何とか記憶を弄らずにトラウマを克服して、口から美味しく食べられるようにしてあげたい……  隆文には、三日間だけ待ってくれと頼み込んで、点滴で繋ぎつつ雪夜が食べられる方法をいろいろと試すことにした。  だが、手を変え品を変えしても、なかなか飲み込んでくれない。  困り果てて斎に相談したところ、 「食い物が安全かわかればいいんだろ?だったら、お前が先に食って見せればいいんじゃねぇの?」  と言われて、まさか……と思いつつ夏樹が先に一口飲んで見せると、あっさりと飲むことが出来た。  あっさり過ぎてちょっと拍子抜けしてしまった程だ。 「え、飲んだ……飲めた!?すごいっ!飲めたね、良かった~!斎さん飲めましたよ!?」 「あぁ、良かったな」 「え、なんで!?なんで急に飲めたんだろう!?」 「そりゃぁ……雪ちゃんにとっては、今信じられるのはナツだけだからな。おまえが口にしてるなら大丈夫だろうって思ったんじゃねぇの?つまり、おまえは毒見役(どくみやく)だな」  雪夜を抱きしめて喜んでいる夏樹に、斎が意地悪く笑った。 「でも、三歳の頃にはその手は通用しなかったって工藤たちが……」 「そりゃ信用できる相手じゃなかったからだろ。当時の雪ちゃんにとっては二人とも怖い鬼さんだったんだからな」 「あぁ……」  ともかく、それからは夏樹が先に口にしたものなら、お茶でも重湯でも食べてくれるようになった。  最近では甘味系も食べられるようになったので、みんながお見舞いにシュークリームやゼリー、プリン等をこぞって持って来てくれる。  実は、目を覚ましてから雪夜はまだ一度も笑っていない。  ずっと、無表情か泣き顔か怯えた顔だ。  でも、甘味を食べさせると、こんなおいしいもの初めて食べた!という風に驚いた顔をするので、みんなその顔が見たいらしい。  まぁ……雪夜はどんな表情をしていても可愛いのだけれども!?  ただ、シュークリームにしても、ゼリーにしても、まだ一個をひとりで食べきることはできず、残りは夏樹が食べているので…… 「なんか最近俺太った気がする……」  夏樹がほぼ皮だけになったシュークリームを食べながらボソリと呟くと、斎が隣でコーヒーを噴き出した。 「ゲホッ!……なに、お前、そんなこと気にしてたの?」 「そんなことって、俺だって一応体型気にしますよ~!?……あぁ、いや、雪夜のせいじゃないよ?俺が運動不足なだけだからね」  心配そうに見て来る雪夜に、慌てて言い訳をする。 「そうそう、雪ちゃんのせいじゃねぇよ。だいたい、この半年でお前もかなり体重減ってたからちょうどいいんじゃねぇの?それに、なんだかんだで筋トレはずっとしてるだろ?」 「まぁ……一応……」  まだ雪夜は一日の大半を眠って過ごしているので、その時間を使って夏樹は一日数時間、筋トレをしている。  っていうか、こっそりしてるのになんで斎さんは知ってるんだ……? 「それくらい身体見ればわかるだろ」  斎さん、俺服着てます…… 「おいこら、人を変態みたいな目で見んな!筋肉の付き方くらい服の上からでもわかるっつーの!」 「うんうん、いっちゃんは~、見ただけでだいたい体型がわかっちゃうだけだし~、ぎゅ~ってしたら完璧にスリーサイズ当てられるっていうを持ってるだけだよね~!あ、結局変態だ~!あはは」 「ユウ~?」 「あ、えっと、それじゃ僕はそろそろ帰るね~!雪ちゃんまたね~!」  危険を察知した裕也は驚きの速さで部屋から飛び出して行った。 「チッ、逃げやがった」 「ははは……ん?雪夜、どしたの?」  雪夜が、急に夏樹にぎゅっとだきついてきた。 「眠くなった?」 「お?雪ちゃんおねむか~?それじゃ、俺もそろそろ帰ろうかな」 「あ、ちょっと待ってください。雪夜、浩二さんにありがとうは?シュークリーム持って来てくれたのはあの人だよ」 「……」  浩二が帰ろうとしたので、雪夜に浩二のいる方向を指差す。  雪夜はチラッと浩二を見るとイヤイヤと首を振った。 「ダメか~……雪夜、あれは浩二さんって言うんだよ。ちょっとうるさいけど怖くないからね。おいしいシュークリーム持って来てくれたでしょ?」 「ちょっとうるさいってどういう意味だよこらっ!いいよいいよ、また来るから。ちょっとずつ俺にも慣れてくれよ。それじゃな~」 「あ、コージ。俺も帰るわ。途中で降ろしてくれ。それじゃ、雪ちゃん、また明日な」 「え、あ、はい。ありがとうございました~」  浩二と一緒に斎も帰ってしまい、一気に室内が静かになった。 ***

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