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夜明けの星 5-10(夏樹)

 雪夜は、斎たちが部屋からいなくなった途端に、電池が切れたように眠った。  まだ夏樹以外の人には警戒心が強いので、いくら眠たくても、室内に他の人がいれば寝るのを我慢しようとする。  だから、雪夜が眠そうにしていれば、みんなすぐに帰ってくれるのだ。 「今日はいっぱい人が来たから、疲れちゃったか。……おやすみ」 ***  兄さん連中の中では、斎と裕也だけがなぜかお見舞い三回目でベッド横まで来ることが出来た。  他の兄さんたちは、まだ浩二と同じく病室に入ってすぐのラインまでだ。(ラインは、お見舞いに来る人達へのだいたいの目安として、夏樹が床に貼ったものだ)  なぜか思った以上に近付くことができた斎と裕也だが、じゃあ雪夜は斎たちにも抱きついて行くのかというと、そうでもない。  そもそも、斎たちが傍に近付けるのは、夏樹が雪夜を抱っこしている時だけだ。  それに、斎には(多少怯えつつも)頭を撫でさせるけれど、裕也が撫でようとすると怯えて嫌がる。    雪夜の基準がわからない……  とりあえず、夏樹が抱きしめていれば近付いても大丈夫、という点では、斎たちは看護師たちと同じ立ち位置にいるようだ。 ***  夏樹は、自分にしがみついていた腕を外して雪夜をベッドに寝かせると、頭を撫でながら「いっぱい寝たらちゃんと起きてね」と呟いた。  もう大丈夫だとわかっていても、雪夜が眠る度に、またこのまま昏睡状態になってしまうかもしれない……これは全部夢かもしれない……という不安感や恐怖感に襲われる。  完全にトラウマだ。    斎には、「不安になったら、今不安なことを声に出せ。俺らの前で言わなくてもいいから、雪ちゃんと二人っきりの時にでも。まぁ、騙されたと思ってやってみろ」と言われた。  声に出したって別に何も変わらないと思うけれど、一応言われた通り、雪夜が眠る度に声に出してみる。  ――ちゃんと目を覚まして……  ――また俺を見て名前を呼んで……  ――笑顔を見せて……  ――俺のことを思い出して……  声に出してみると、自分で思っている以上に雪夜に忘れられていることがショックだったのだと気付かされる。  雪夜の母である涼子が精神(こころ)を病んだのもわかる気がする。  ようやく祖父母から取り返したばかりの娘を無残に亡くして、唯一の希望だった雪夜は半年間待ち続けた母の顔を覚えていなかった。  いや、覚えていなかったのではなく……鬼に見えていた……  怯えて泣き叫ぶ我が子を抱きしめることさえできなかった涼子はどれだけ辛かったのだろう……  夏樹には、この半年間支えてくれる人達がいっぱいいた。  不安になっても、落ち込んでいても、引き上げてくれる人達がいっぱいいた。  それでも……やっぱり半年間待ち続けるのは精神的にかなりキツイものがあった。  情緒不安定になって、鬱にもなりかけて……いや、もう軽くなっていたのかもしれない。    ようやく目覚めた雪夜は、記憶と精神が退行してパニックになっているものの、幸い俺は雪夜に近づくことができる。  雪夜を抱きしめることもできるし、雪夜は俺を頼ってくれている。  俺は雪夜の精神(こころ)の拠り所にもなれているように思う。  それでも……いや、むしろそこまで俺に懐いてくれているのに、雪夜は俺のことを忘れてしまっているのだ……  雪夜にとって、俺はどう見えているのか……  俺のことを覚えていないのに、どうして俺にだけ懐いてくれているのか……  雪夜は何も話してくれないので、夏樹は今の状況をどう受け取ればいいのかわからないのだ。  わからないから……不安になる。  夏樹は、検査室での恐怖と絶望が入り混じった雪夜のあの表情が、あの目が……忘れられない。    もしまた俺のことがわからなくなったら……あの顔で見られるのか?  化け物でも見るような、怯えたあの目で俺を見るの――……?  今の夏樹には、雪夜が目を覚ました瞬間、夏樹の名前を呼んでくれたことだけが、唯一の希望であり、唯一の救いだ。  大丈夫……  雪夜は完全に忘れたわけじゃない。  きっとまた思い出してくれる。  名前を呼んでくれる。 「思い出してくれるよね……」  夏樹は寝息を立てる雪夜の頬を撫でながら、淋しく微笑んだ。 ***

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