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夜明けの星 5-11(夏樹)

――え、それじゃあ雪くんは今三歳の状態なの!?」  画面の向こうで慎也が大きな声を出した。 「ちょ、音が割れるからもう少し声抑えて」  夏樹は思わずヘッドセットを耳から外した。 「あ、ごめん。でも、僕そんな大事なこと聞いてないよ!?兄さんは知ってた?」 「いや、私も今初めて聞いた。雪夜の意識が戻ったと連絡は貰っていたが……」    達也が別画面で顔をしかめる。 「それは俺じゃなくて、あんたらの父親に文句言って下さいよ」 「あぁ、そうだな。……だが、きみから知らせてくれても良かったんだが!?雪夜の意識が戻ってからも何回もやり取りをしたはずだぞ!?」  達也が非難がましい目でカメラを覗き込んだ。 「ちょっと、近いですって!そんなこと言われても、あんたらが父親からどこまで聞いてるかなんて俺が知るわけないでしょ!――」 ***  雪夜が目覚めてから三か月が過ぎた。    雪夜の意識が戻ったことについて、達也たちへの連絡は父親である隆文の方からしてあると聞いていたので、夏樹からは改めて連絡していなかったのだが、二人が相次いで、雪夜の顔が見たい、と言ってきたため、三人でビデオ通話をしているというわけだ。 「――っていうかね、僕が雪くんの様子を聞いてもきみからの返事はいつも『経過観察中です』とか『変わりなしです』って一言ばかり!全然詳しく知らせる気なかったでしょ!?」 「はい。面倒臭いので」  というか、詳しくと言われても……夏樹には検査結果は知らされないし、専門的なことを言われてもわからない。  まぁ、医師である隆文たちにもわかっていないのだから、夏樹にわかるわけがないのだけれども…… 「それはそうかもだけど、もっと他にあるでしょ!?だって、三歳の状態なら……え、待って!三歳ってことは……記憶を弄る前?あの事件のこととか全部覚えてるの!?」 「まぁ……たぶん、そうですね」 「……雪くんはその……パニックになったりしてない?」  さっきまでギャンギャンとうるさかった慎也が、急に大人しくなった。  三歳の頃の雪夜の状態を思い出したのだろう。 「パニックになってますよ。最近は少し落ち着きましたけどね」 「……やはり、人間が鬼に見えてるのか?」  達也が心配そうに顔をしかめた。 「わかりません。雪夜自身は何も喋らないので。ただ、工藤先生たちは、その可能性が高いって言ってますね」 「そうなんだ……え、それで今雪くんは……?」 「あ~……雪夜なら今俺の隣で……プチプチを潰してます」  夏樹は、隣でひたすらプチプチを潰している雪夜の方にカメラを向けた。 「……あ、雪くんだ~!……え、プチプチ?」 「はい、プチプチ。よく梱包に使われてるでしょ?小さい気泡が入ってる……まぁ、緩衝材ですね」 「いや、それはわかるけど、なんでそんなものを……?」 「指先の訓練とストレス発散を兼ねて……っていうのは冗談ですけど、単にプチプチを潰すのが気に入ったみたいで、今日はずっとそれをやってますね」 「へ、へぇ~……」  数日前、雪夜の隣で夏樹が仕事をしていると、急にパニックになった雪夜にノートパソコンを奪われ、壁にぶん投げられてしまった。  ちょうど浩二とのリモート会議中だったので、翌日には浩二が新しいノートパソコンを買って持って来てくれた。  雪夜はその梱包に使われていたプチプチが気に入ったらしく、それ以来ずっとプチプチを潰して遊んでいるのだ。 「え、パソコンをぶん投げた!?」 「はい」 「なんで!?」 「う~ん……直前まで眠っていたので、怖い夢でも見たんでしょうかね。それか、目を覚ましたのに俺が気づかずに仕事をしていたのが気に入らなかったか……まぁ、よくあることですよ」  こういうことは初めてではないので、重要なものはちゃんとバックアップを取ってある。 「そ、そう……って、あれ?きみは隣にいても大丈夫なの!?」 「はい」 「じゃあ、きみのことは覚えてるんだ?」 「いえ、忘れられてますよ。だいたい三歳の状態なら俺とはまだ出会ってませんからね。でもなぜか俺には懐いてくれてて、俺だけは傍にいても大丈夫みたいです」 「え~……ズルい……」 「はいはい、それじゃ、そろそろ雪夜を呼んでみましょうか」 「あ……えっと……ちょっと待って。え~と、記憶を弄る前ってことは~……雪くんは僕たちの記憶もあるってことなのかな?」 「あ~……そうかもしれないですね」  雪夜が二人に初めて出会ったのは二歳の頃だ。  記憶を弄る前に戻っているなら、二人のことは覚えているはず。  ただ、今の状態では…… 「今の雪くんの中では、僕たちのイメージは子どもの頃のしん兄さんとたつ兄さんだ。なら、こんなおじさんが急に「しん兄さんだよ~」とか言っても、余計に混乱させちゃうだけかも……」  慎也が意外とまともなことを言ってきたのでちょっと感心する。 「ふむ……それもそうだな。我々が兄だということは言わない方がいいか?」 「まぁ、それはあんたたちに任せます。それじゃスピーカーにしますよ。雪夜~……」  夏樹はヘッドセットを外して雪夜に話しかけた。 「プチプチで楽しんでるところごめんね、ちょっとこの画面見て?誰が映ってる?」 「……?」  プチプチに集中していた雪夜が、夏樹に呼ばれて顔をあげた。 「雪夜も知ってる人だよ」  慎也たちがどう声をかければいいのかわからず、ぎこちない笑顔で手を振る。 「……っ!?」  画面をチラリと見た雪夜が、プチプチを放り出して夏樹に抱きついた。   「ダメ?怖い?」  夏樹は、うんうんと頷く雪夜の背中をポンポンと撫でながら、慎也たちに軽く肩を竦めて見せた。 「雪く~ん……怖くないよぉ~……」  慎也が泣きそうな顔で呟いた。 「やはり鬼に見えているのか……」 「すみません、ダメっぽいですね。とりあえず、雪夜の現状はこんな感じです。じゃ、また!」 「え、ちょ、待っ……」  慎也がまだ何か言おうとしていたが、スルーして夏樹はさっさと画面を閉じた。   ***

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