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夜明けの星 5-12(夏樹)

「雪夜、もう何も映ってないよ。ほら、ニャンコだけでしょ?ごめんね、怖かったね」  達也たちとの通話を切って、雪夜のお気に入りのネコの壁紙を見せた。 「……っ!」 「こらこら、すぐにパソコンを壊そうとしないで!これは投げるものじゃありません!」  雪夜が半泣きでノートパソコンに手を伸ばしたので、慌てて遠ざけた。  実はこの三か月の間に、ノートパソコン二台、タブレット三台、携帯二台をぶっ壊されているのだ。  どれもすぐに兄さん連中が新しいのを買って来てくれるので、不便はないのだが……  さすがにたった数日で壊されるのはキツイ。 「雪夜、ほら、プチプチで遊ぼう。ね?」 「~~~~っ!!」  パソコンをベッドの下に隠してプチプチを渡すと、ブンブンと顔を横に振って全力で拒否されてしまった。 「ダメか……う~ん……さっきの人たちは雪夜もよく知ってる人でね、雪夜は元気にしてるのかな~って心配してくれてたんだよ」 「……」 「でも、雪夜には鬼さんに見えるんだもんね……急だったからびっくりさせちゃったか、ごめんね」  夏樹が頭を撫でると、雪夜が頬を膨らませてむくれながら、夏樹の腕をペチペチと叩いてきた。  ご機嫌斜めだ。 「ゆ~きや!痛いよ。そんなに怒らなくてもいいじゃない。鬼さん来ても俺がいるんだから大丈夫だよ。っていうか、画面の向こうにいるのはこっちには来れないからね?……あ、そういう問題じゃないって?ごめんってば。じゃあ何なの?俺も出て行けってこと?」 「っ!?」  雪夜がずっと叩いてくるので夏樹がベッドから下りようとすると、慌てて叩くのをやめて夏樹の背中に抱きついてきた。  いつものパターンだ。  雪夜は、医師や看護師が来ると毎回軽くパニックになるけれど、夏樹と二人っきりの時にパニックになるのは、怖い夢を見た時くらいだ。  普段は夏樹にべったりで、たまに何かのタイミングで雪夜がご機嫌斜めになってこうやって夏樹に八つ当たりをしてくる。  でも、夏樹が傍を離れようとすると、慌てて引き止めに来るのだ。 「なぁに?」 「……」  軽くため息を吐いて夏樹が振り返ると、雪夜が気まずそうな顔で俯き、チラチラと夏樹の様子を窺ってきた。 「あのね、俺は怒ってるわけじゃないよ。今怒ってるのは雪夜の方でしょ?でも俺には雪夜が何で怒ってるのかわかんないんだもん。叩いてもいいけど、どうして怒ってるのか教えて?」  夏樹がベッドに座り直して雪夜の顔を覗き込むと、雪夜は急いで顔を横に振った。  怒っていないということらしい。  今日は何がそんなに気に入らないんだ?  ……プチプチの邪魔しちゃったから怒ってるのかな? 「さっきのお兄さんたち(鬼さん)がそんなに怖かった?」  雪夜は夏樹の言葉に、曖昧に頷くと、夏樹の腕を片方持って自分に巻き付けるようにして夏樹の懐に入って来た。 「ん?あぁ、もしかして……さっき抱っこしてなかったから怒ってたの?」  雪夜が今度は大きくうんうんと頷いた。  いつも誰かが来る時や何かの画像を見せる時には夏樹が抱っこしているのに、さっきは抱っこせずにいきなり画面を見せたので機嫌が悪かったらしい……    夏樹に伝わったのがわかると、雪夜は自分が叩いた夏樹の腕を撫でながらペコリと頭を下げ、「まだ怒ってる?」というように小首を傾げて夏樹を見上げてきた。    は?何それ……可愛っ!  萌え過ぎて一瞬真顔になった。 「んん゛……いや、俺は怒ってないよ。そっか、抱っこね~……うん、そうですね、してなかったわ……ごめんね、ちゃんと抱っこしてないと怖いよね。よし、おいで」  うん、あざとい……  というか、雪夜……喋る代わりに、ジェスチャーでの可愛さレベルが上がってる気がする……    夏樹は思わず苦笑しながら雪夜をぎゅっと抱きしめた。    達也たちの話だと、三歳の頃の雪夜は我慢強くて、大人しくて、達也たちにもワガママを言ったり、こんな風に感情をぶつけて来たりすることは絶対にしなかったらしい。  夏樹としては、何も反応がないよりは感情をぶつけてくれる方が嬉しいので多少の癇癪も一向に構わないけれど……たまに心臓に悪い。 *** 「そう言えば、プチプチはもういらない?」  夏樹が先ほど雪夜が投げ捨てたプチプチを拾って振ってみせると、雪夜はハッとして夏樹の手から奪い取り、またプチプチを潰し始めた。 「あ、まだやるんだ。……ねぇ、雪夜、それ楽しい?ちょっと俺もやらせて。あ、こっちはいいの?ありがとう……ってこれもう潰れてるじゃんか!雪夜くーん、潰れてないところくださーい」 「……」  雪夜が渋々という顔で夏樹にプチプチを渡して来た。 「ありがと」  それから斎がお見舞いに来るまで、ひたすら室内にプチプチという音だけが響いていた…… *** 「何やってんの?おまえら……」  一時間後、お見舞いに来た斎はベッドの上で黙々とプチプチを潰している二人を見て、軽く引いていた。 「プチプチ潰し」 「あ……なるほど。楽しいか?」 「やり出したらハマりますね。無心になれます」 「そうかそうか。まぁ楽しいならいいけど。俺はそれ潰すの一気にやる方が好きだな」 「一気に?」 「雑巾搾りみたいに一気に……プチプチっつーより、ブチブチって感じになるけど、ストレス発散にいい」 「あ~……いいですね。でも今はそれしたら雪夜に怒られそうなんで止めておきます」 「……だな」  斎は熱心にひとつひとつ潰している雪夜を見て苦笑した―― ***

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