382 / 715

夜明けの星 5-13(夏樹)

――それじゃあ、ちょっと行って来るから、少しの間だけ裕也さんといてね?」 「~~~っ!!」  雪夜がイヤイヤと顔を左右に振る。 「大丈夫、すぐに帰って来るからね。裕也さんは怖くないでしょ?ほら、俺の写真もあるし、クマさんもいるし、ひとりじゃないよ」 「……っ!!」  雪夜のお気に入りのクマのぬいぐるみでご機嫌をとってみるが、雪夜は更に激しく顔を振りつつ、抱きつく細い腕にぎゅうっと力を込めてきた。 「だめか~……」 ***  かれこれニ十分、夏樹は自分の背中にへばりつく雪夜と格闘していた。  雪夜の意識が戻ってから、もうすぐ半年になる。  工藤たちに、これからのことについて話があると言われたので、いつものように雪夜が寝ている間にちょっと抜け出そうと思っていたのだが、雪夜を寝かしつけて夏樹がベッドから出ようとした瞬間雪夜が目を覚まして背中から離れなくなったのだ。   「~~~~っっ!!」  リハビリのおかげでだいぶ筋力がついたとはいえ、まだまだ力は弱いので簡単に引きはがせる。  だが、こういう時の雪夜は必死なので、一度はがしてもすぐにまた引っ付いてきて、きりがない。 「ははは、コアラの親子もびっくりだな」 「斎さん、何笑ってんですか!」  コアラの親子って……たしか以前愛ちゃんにも似たようなこと言われたな……  あの時はサルだったっけ?   「だって、笑うしかねぇだろ。俺らはどうにも出来ねぇし?」 「そうなんだよね~。前の雪ちゃんなら僕らでも宥められたけど、今の雪ちゃんはなっちゃんじゃないとダメだからねぇ~」  夏樹と雪夜のやり取りをすぐ横で見守りながら、のんびりとコーヒーを飲んでいるのは、斎と裕也だ。  雪夜が夏樹の次に懐いているのは斎なのだが、今日の話し合いに同席するのは裕也よりも斎の方がいいだろうということになって、部屋には裕也が残ってくれることになっていた。 「お前が一緒に寝るフリして寝かしつければ?」 「う~ん、それも試してみたんですけど……本当は眠たいはずなんですよ。いつもなら、この時間は寝てますからね……でも、今朝はとくに夢見が悪かったみたいで、だいぶうなされてたんですよ。だから余計に不安なのかも……この状態じゃ簡単には寝てくれなさそうですね」  夏樹が親指で背中を指差しながらため息を吐くと、斎が苦笑しながら立ち上がった。 「仕方ねぇな。日を変えてもらうように言って来ようか?」 「そうですね、今日は難しいかもしれないです……」 「それか、僕といっちゃんが話を聞いてきて、なっちゃんに伝えるのは?」 「話の内容によるけど……そうだな、とりあえず、俺らだけで聞いてくるか」 「すみません、お願いします」   ***  ――というやり取りをしたのが一時間前。  そして、今。 「雪夜く~ん、ちょっとだけだから……ね?」 「~~~~っ!!」  ふりだしに戻る……  つい先ほど、夏樹の代わりに話を聞きに行っていた斎と裕也が戻って来たのだが、 「やっぱり、お前が行ってちゃんと話聞いてこい。あれは……俺らの一存ではどうしようもねぇわ」  と言われてしまったのだ。  どうやら話の内容的に、夏樹が直接聞いた方がいいらしい。  ……が、 「雪夜~、ちょっとだけだから!すぐ!すぐ帰って来るからね!?」 「~~~~っ!」  斎たちが部屋から出て行った後、なんとか眠ってくれたので大丈夫かと思ったのだが、また夏樹が出て行こうとすると目を覚ましてしまったのだ。  どこかに高性能センサーでも付いているのかと疑ってしまうほど反応がいい。    たしかに、雪夜は感度いいけど……って、そういう問題じゃないっ!! 「ぅ~ん……今日は俺が行くのは無理ですね。別の日に変えてもらっていいですか?」 「ねぇ、なっちゃんの様子をカメラで映すのは?」 「え?」 「なっちゃんがどこで何をしてるのかがわかれば、ちょっとはマシなんじゃないの?」  そう言って、裕也が院長室の様子をパソコンに映し出した。  一体いつのまに院長室にカメラを仕込んだのやら…… 「いや、でも……雪夜には工藤たちの姿は鬼に見えてるんですよね。ってことは、俺が工藤たちと一緒にいると、雪夜にとっては俺が鬼に襲われてるみたいに見えません?」 「あ~なるほど~……そうなるのか~~……」  思わず斎も頭を抱えた。 「あ、それじゃあ、工藤たちの姿は映さずに、なっちゃんが自撮りみたいな感じでするのは?ずっとなっちゃんの顔だけ映すの。声はミュートにしておけば話し合いの内容は入らないだろうし……」 「なるほど、やってみましょうか!」 *** 「雪夜~!ほら、こっちだよ~!」  夏樹は自分の携帯から画面を通して雪夜に手を振った。 「雪ちゃん、こっち見て!なっちゃんが映ってるよ~!」  裕也が雪夜に自分の携帯画面を見せる。 「……?」  雪夜が、すぐ隣にいる夏樹と、画面の中の夏樹を不思議そうに見比べて首を傾げる。 「ほら、雪ちゃん、画面見て?なっちゃん笑ってるね~。手振ってみて~?」 「……?」  裕也に促されて、雪夜が画面に向かって手を振る。 「お!そうそう、上手だね~!」 「……っ!」  次第に画面の中の夏樹に夢中になってきた雪夜の隙をついて、夏樹がそっと部屋から出た。 「雪夜~!ほら、夏樹さんはここだよ~!見えてる?」  なるべく周りを映さないように気を付けながら、ひたすら自分だけを映して廊下を進む。  ずっとカメラを見ていると前が見えないので、斎が服を引っ張って誘導してくれた。  病院の廊下を自撮りしながらひたすら画面に手を振り続ける姿は、いろんな意味で……シュールだ……  幸い、この階には、院長室と雪夜のいる特別室の他は会議室や物置があるだけなので、院長室に着くまで誰にも会わずにすんだ。  雪夜はまだ夏樹が部屋を抜け出したことに気がついていないらしく、画面に夢中になっている。  雪夜が夏樹に向かって手を振ってくる姿は可愛いし、微笑ましい。  微笑ましいんだけれども……そろそろ俺の表情筋がヤバいっ……ですっ!! ***

ともだちにシェアしよう!