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夜明けの星 5-14(夏樹)
「お待たせしました――」
斎が先に院長室に入り隆文と工藤に事情を説明してくれたので、夏樹はそのまま周りを映さないようにしながら応接ソファーに座った。
「雪夜、ちょっと俺の声聞こえにくくなるかも。でもちゃんとここにいるからね~」
「……っ!?」
「大丈夫だよ、ここにいるよ!」
夏樹は画面に向かって話しかけながらミュートボタンを押した。
急に声がしなくなったので、雪夜が画面をバンバンと叩いたり、のぞき込んだりしながら大慌てで裕也に、声がしない!とジェスチャーで文句を言っている姿が見えた。
あ~……大丈夫かな裕也さん……
「すみません、今こっちの音を消したせいで雪夜がパニクってるんで画面から顔を逸 らせないんですけど、話は聞こえるので勝手に話してもらっていいですか?」
「あいよ。んじゃ、さっきの話をもう一度詳しくお願いします」
夏樹が画面に向かって笑顔で手を振りながら斎に向かって話しかけると、斎は工藤たちに、夏樹のことは気にせず話をするよう促してくれた。
***
「あ~、その雪夜のことなんだが……」
斎に促されて、まずは隆文が話し始めた。
雪夜のことなのはわかっている。
わざわざ夏樹を呼び出して話すということは、雪夜には聞かれたくない話ということだろうし……
「はい、何ですか?」
「雪夜が意識を取り戻してから、そろそろ半年になる」
「そうですね」
「身体の方は、リハビリも上手くいって順調に機能回復してきているし、食事も固形食が食べられるようになってきて、体力もついてきている」
「はい」
「人が鬼に見えているような今の精神状態で、雪夜がリハビリをちゃんと受けられているのは、きみのおかげだ」
「へ?あ、はい」
夏樹は隆文の言葉に少し驚いた。
というか、隆文が感謝の言葉というか、夏樹を認めるような言葉を口にするなど、何か裏がありそうで気持ちが悪い……
実際、他人 を怖がる雪夜が他人 に触れられるリハビリをちゃんと受けられているのは、夏樹がずっと付き添って、一緒にやって見せているからだ。
毎回ついて行かなければいけないので、それなりに大変ではある。
でも、雪夜がリハビリをしている間、夏樹も体幹や筋力のトレーニングをさせてもらっているので、リハビリの時間は意外と楽しんでいる。
食事についても、最初は全然食べてくれなくて戸惑ったが、今は夏樹が一口食べれば食べてくれるので、とくに問題はない。
口と言えば、歯磨きも……最初の頃は歯ブラシが口に入るのも嫌がっていたが、今では自分で歯ブラシを持ってちゃんと磨けるようになっている……
少しずつだが、雪夜にとっては大きな変化だと思う。
「――だが……記憶に関してはあまり変化が見られない。もっとも、頭の中のことだから、どうなっているのかは本人にしかわからないが……それに、きみには懐いているけれど、相変わらず他の人間は鬼か何かに見えているようだし、言葉は出ないままだし……きみのこともわからないままだ」
「……はい」
「……きみは以前、雪夜の記憶はもう弄るなと言っていたな?」
「言いましたね」
雪夜が昏睡状態になっている間、隆文たちと何度も話し合いをした。
その中で、夏樹は、もし雪夜が過去を全て思い出してしまったのだとしても、自分が支えるので、もう記憶を弄るようなことはしないで欲しい、と隆文と工藤に言ってあったのだ。
「私だって、出来ることならばもう記憶を弄るようなことはしたくない……したくはないが……」
隆文が、少し言葉を探すように言い淀んだ。
「私は、もうそろそろ、雪夜を退院させて、研究所に戻そうと思っている」
「……はい?」
夏樹は思わず画面から顔をあげた。
ずっと笑っていたせいで頬がジンジンと熱を持っている気がした。
手で軽く頬を揉みながら、眉をひそめて隆文を見る。
「今……何て?」
「きみのおかげで、思ったよりもリハビリがうまく進んでいるので、もう病院 じゃなくても大丈夫だ。今後のリハビリは研究所でもできる。だから……雪夜を研究所に戻そうと思う」
隆文が、夏樹の顔を見ながら繰り返した。
こいつ……なんの冗談だ……?
だが、冗談を言っている顔ではないし、そもそも冗談を言い合う仲でもない。
「研究所に戻す?どうやって?だって、雪夜は俺がいないと……」
「だから……」
「ちょっと待てっ!」
夏樹は聞きなれた叫び声が徐々に近づいて来ることに気付いて、隆文の言葉を遮った。
***
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