384 / 715

夜明けの星 5-15(夏樹)

「雪夜っ!?」  夏樹が慌てて画面を見ると、雪夜と繋がっていたはずの画面は真っ暗になっていた。 「あちゃぁ~……」 「……――ハイハイハイハイッ!とうちゃああああっく!!しっつれーしまーす!」  夏樹が思わず目を覆った瞬間、院長室の扉が開いて、暴れている雪夜を軽々と脇に抱えた裕也が駆け込んで来た。 「大事なお話中にごめんね~。でも、画面からなっちゃんが顔を背けた時に、部屋になっちゃんがいないって気づいちゃったみたいで……あはは、いや~ホントいい腕してるわ。あっという間に僕の携帯ぶん投げられちゃってたよ~!」  あ~……やっぱり……  裕也はのんびりと説明してくれているが、院長室に入って来てからの雪夜は、隆文や工藤の姿に驚いて更にパニックになっていた。 「裕也さん、すみません……ほら、雪夜。こっちおいで~。裕也さんの携帯投げちゃったの~?」  夏樹は裕也に謝りながら、脇に抱えられていた雪夜を抱き取った。  パニクってキィキィと奇声をあげて暴れていた雪夜は、夏樹が抱っこするとピタっと静かになった。 「~~~っっ!!」  静かになったのはいいが、奇声をあげる代わりに夏樹に思いっきりしがみついて、大粒の涙を流しながら頭をグリグリと押し付けてくる。 「よしよし、ごめんね、びっくりしちゃったね。あいたた……はいはい、ごめんってば。置いて行ったから怒ってるの?すぐに帰るから大丈夫だよって言ったでしょ?」  ソファーに座って背中をぽんぽんと撫でながら、何とか宥める。 「大丈夫、どこにも行かないよ。ここだって、すぐ近くだったでしょ?雪夜を置いて遠くに行ったりしないよ」 「~~~っ!」 「あ、距離の問題じゃない?置いて行くなって?う~ん……ちょっとね、大事なお話してたんだよ。ごめんね?」 「……っ……っ?」  雪夜は、不意に身体を起こすと、夏樹の顔をペタペタと触ってきた。 「わっぷ……なぁに?まだ怒ってる……の……?」  雪夜の手を摑まえてふと顔を見た夏樹は、雪夜の表情にハッとなった。  あぁ、違う。怒ってるんじゃなくて……  雪夜がこの表情(かお)をする時は…… 「……そっか……心配してくれてたの?ありがとね……俺は大丈夫だよ」  たぶん、俺が隆文の言葉に反応して顔を逸らした時、何か感じ取ったんだ。  そうだった。雪夜はいつも、俺の変化に気付くのが早かったな……  目の前の雪夜は、「夏樹さん、何かあったんですか?」と、心配顔で遠慮がちに聞いてきていた時と同じ顔をしていた。  あ~あ……ほんとに……雪夜には敵わないな。  夏樹は苦笑しながら雪夜と額をくっつけて「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう」ともう一度囁いた。 *** 「――え~と、ほら、あれは雪夜のお義父さんだよ。こっちは工藤先生。それと斎さんね。知ってる人ばっかりでしょ?」  夏樹は額を離すと、雪夜に室内にいる人たちを紹介していった。  現在、雪夜は人を見分けることが出来ない。  どうやら、夏樹以外はみんな鬼の顔に見えているらしい。  だから、毎回夏樹が紹介をしていく。  斎と裕也でさえも、毎回最初は夏樹が紹介しないとわからない。  夏樹が紹介をすると、服装と声を覚えて何とか見分けられるようになるのだが、途中で服装が変わるともうわからなくなる。  ちなみに、夏樹は服装を変えても、髪型を変えても、なぜかわかるらしい。  雪夜の目に夏樹が人間に見えているのかはわからないが、とりあえず、鬼以外の顔に見えていることは確実だ。  夏樹の顔だけが見分けられるなら、夏樹の顔写真のお面をつければ誰でも近づけるのでは?と工藤が言うので実験してみたが、それは部屋に入った瞬間バレていた。  お面ではダメらしい――  今日はまだ隆文と工藤には会っていなかったので、院長室に入って来た時に二人を見て怯えていたのだ。  夏樹の紹介に、「はーい、工藤先生だよ~」と工藤たちが手を振って返事をする。  雪夜は夏樹にしっかりとしがみついたまま一人ずつ上から下までじっくりと観察し、小さく頷くと、ちょっと落ち着いて今度は軽く夏樹に抱きついた。 「うん、わかった?それじゃあ、雪夜くん。もう少しだけ裕也さんとお部屋で待っててくれないかな~……?」  落ち着いたようなので、ダメもとでもう一度お願いしてみると…… 「~~~っっ!!」  怒った雪夜に、喉元を頭突きされてしまった…… 「ぅぐっ!……っゲホッ!」 「あ~あ、ナツ~大丈夫か~?仕方ないな、もうちょっと雪ちゃんが落ち着くまで待つか」 「あ゛い゛……」  隣で見ていた斎が、雪夜が追加で頭突きしようとしているのを笑いながら止めてくれた。   ***  とりあえず、雪夜が落ち着くまで適当な会話をして時間を潰すことになった。  その間、何度か看護師に呼び出されて隆文が席を外した。  隆文がいない間に、工藤たちにさっきの話についてどう考えているのか聞きたかったが……雪夜の前で研究所の話をしたくなかったので諦めた。  斎さんたちが、俺が直接聞いた方がいいと言ったのは、このことなんだろうな……  でも、斎さんたちには俺がどう答えるかなんてわかってるはずなのに……どうしてわざわざ……?  隆文の話にはまだ続きがあるってことなんだろうけど……  一体何なんだ……?  斎たちも、夏樹が聞きたがっていることはわかっているはずだが、敢えてその話には触れなかった。 「大丈夫……大丈夫だよ……」  雪夜を落ち着かせながら、夏樹も自分に言い聞かせる。  大丈夫……隆文が何を言って来ても……  俺は雪夜から離れたりなんかしないよ――…… ***

ともだちにシェアしよう!