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夜明けの星 6-4(夏樹)

 ――朝の5時。  夏樹は、雪夜がまだ眠っているのを確認すると、頬に軽く口付けてそっとベッドを抜け出した。  テラスで大きく伸びをすると、ストレッチをして靴を履き替える。  軽く20分程ランニングをして戻ってくると、シャワーを浴びてキッチンに立った。  ミキサーにバナナと豆乳と小松菜を放り込んで野菜ジュースを作ると、一杯飲みながらパソコンを開く。  時計の針が7時を指したところで、もう一度ミキサーで野菜ジュースを作って、服薬の用意をするとベッドに向かった――…… 「雪夜、おはよ。朝だよ」  雪夜の顔にかかった髪を掻き上げながら、軽く頬を撫でる。 「……っ……!?」  ハッと目を開けてキョロキョロと周囲を警戒するように見回す雪夜の顔に、ちょっと自分の顔を近づけた。 「大丈夫、怖くないよ。夏樹だよ、わかる?」 「……?」  雪夜がちょっと眉間に皺を寄せ、ホッと息を吐くと、ぼんやりした目で夏樹を見返して来た。  今日は大丈夫そうだな…… ***  別荘に来ておよそ二ヶ月。  雪夜は環境の変化に戸惑い、体調を崩しがちでだいぶ不安定になっていたので、この二か月間はほとんど夏樹と二人きりで過ごしていた。  (いつき)工藤(くどう)が言うには、病院から離れたことで病院関係のトラウマから解放された分、そのほかのトラウマが出て来ているのだろうとのことだった。  ここが山の中だということはまだバレていないようなので、一番のトラウマは出て来ていないはずだが、眠っている間に過去の記憶の整理をしているらしく、眠っても全然脳が休まらない状態なので、一日中ボーっとしていたり、眠さにイライラして一日中泣いたり……と、結構グズグズだ。  夏樹はそんな雪夜に、ほぼ一人で付きっきりだったが、病院にいる時ほどはストレスを感じなかった。  なぜなら、ここには必要なものがほとんど揃っているから。  夏樹と雪夜が今いる場所は、前回養生に来た時に使っていた部屋とは違う。  ここは、母屋の隣に位置する建物で、元は娯楽棟だったところだ。  建物全体が娯楽室になっていたのを、その一階部分を吹き抜けにして丸っと夏樹と雪夜の部屋にリフォームしてくれていたのだ。  プロジェクターで大きなスクリーンに映像を映し出し、映画鑑賞やカラオケをしていた場所は、キングサイズのベッドを置いた寝室に。  ビリヤード台やダーツ台があった場所は、大きなソファーセットや、テーブルセット、夏樹の仕事用のデスクを置いたリビングダイニングに。  小さなバーがあった場所は、L型のシステムキッチンに。  隣にあったトレーニングルームは壁をぶち抜いて、雪夜のリハビリルームに。  トレーニングルームにあったシャワー室は、二人で入っても十分な広さのトイレとお風呂に。(もちろん、セパレートだ)  元々全体的に少しムーディーな内装だったのが、雪夜用に明るめで落ち着きのある内装に変わり、ここが山の中だということがバレないように、窓は高い位置に移され、基本的に雪夜の位置からでは空しか見えないようにしてある。  そして、母屋の一階部分も巻き込んでありとあらゆる場所に手すりが取り付けられ、ほぼバリアフリーになっていた。  ちなみに、娯楽室にあったものはどうなったのかと言うと……  プロジェクターとダーツ台は母屋のリビングに。  ビリヤード台は娯楽棟の地下室にある射撃場の隣に。  トレーニングルームの器材は娯楽棟の二階の大浴場の隣に。  それぞれ場所を移動していた。  これだけの規模のリフォームを雪夜の退院が決まってからの、たった二ヶ月余りで出来たのかと驚いている夏樹に、斎が苦笑した。 「さすがに二ヶ月じゃ無理だな。計画を立て始めたのは、雪ちゃんが目を覚ましてしばらくした頃からだ。退院したらまたここで養生するのがいいんじゃないかってみんなで話してて、それならリフォームしないとなって……」  そんな前から考えてくれていたとは、全然知らなかった…… 「いくらかかったんですかこれ……」 「別にそんなに高くねぇよ。俺らがしたくてしたことだ。お前はそんなこと気にすんな」 「でも……っていうか、こんなに変えちゃって詩織さん怒らなかったんですか?」  たしか、この別荘は組関係なく詩織さん個人が所有してるはずで、別荘の中でも一番気に入ってるって……そこをこんなにしちゃっていいのか? 「全然?むしろ、自分が足腰弱ったらどうせリフォームしなきゃいけねぇし、ちょうどいいって。しかも、今回のリフォームは俺らが金出してるから、詩織さんは「ラッキー!」って喜んでたぞ?」 「マジですか……」  相変わらず、ノリが軽いな…… 「あの人はそういう人だからな。ま、俺たちにしても、リフォームのお礼は、ここでお前と雪ちゃんが早く元気になって、前みたいに笑ってくれれば、それで十分だよ」 「……俺も?」 「当たり前だろ?可愛い弟が元気になってくれないと困る」  斎がそう言って笑うと、夏樹の頭をガシガシと撫でてきた。 「はははっ……ありがとうございます!!」  夏樹は苦笑しながら、兄さん連中に心からの感謝を込めて頭を下げた。 ***

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