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夜明けの星 6-5(夏樹)

 別荘に来てからの雪夜は、夢の中で記憶の整理をしているせいか、目を覚ました時に夢と現実の区別がつかずにパニックになることが多い。  病院にいた時にもなっていたが、頻度的にはこちらでの方が多いように思う。  パニック状態で目覚めると、その日はずっとグズグズの不安定だ。  朝の状態で、その日の雪夜のご機嫌が決まると言っても過言ではない。  だから、毎朝、雪夜が目を覚ました瞬間は、夏樹もちょっと緊張する。    どうやら、今朝は落ち着いているようなので、少し安心した。  起きた時にボーっとしている時は、夢見が悪くない時だ。   「雪夜~、起きて~!」  安堵の息を吐きながら雪夜の隣に寝転ぶ。 「ほらほら、雪夜の大好きな夏樹さんですよ~」 「……っ!?」 「ん~……?」 「……っ!」  夏樹がちょっとふざけて額をくっつけると、雪夜は夏樹の顔を両手で挟んでググっと押し戻し、夏樹の顔をもう一度確認してからまた自分で額をくっつけてきた。 「ね?夏樹さんでしょ?」 「……っ!」  雪夜が頷こうとして、コツンと額がぶつかった。  額をくっつけていると、高確率でこうなるのだが…… 「痛っ!」 「!!」  夏樹が大袈裟に痛がると、慌てて額をヨシヨシと撫でて来るのが可愛いので、それ目的でわざとしてしまう。 「ありがと、もう大丈夫だよ。よし、じゃあ、ついでにお薬飲もうか!」 「!?」  夏樹がにっこり笑って言うと、雪夜が一気に顔を後ろにのけ反らせた。  そんなに露骨に嫌がらなくても……今日はお薬拒否の日か? 「それとも先に朝ごはん食べちゃう?」 「……~~~っ」  朝ごはんと聞いて、今度は顔をしかめた。  今は食欲よりも睡眠欲の方が勝っているらしい。  笑顔は出ないにしても、随分と表情が豊かになったものだ。  主に、『イヤ!』のレパートリーが増えた。 「はいはい、まだ寝たいんでしょ?わかった。でも先にお薬ね」  夏樹が起き上がって薬に手を伸ばすと雪夜が逃げようとしたので、すかさず腰に腕を回して抱き寄せる。 「こ~ら、どこ行くの~?俺から離れちゃダ~メ!」 「!?」  夏樹が耳元で囁いて頬に軽くキスをすると、キョトンとした雪夜が、小首を傾げながらも大人しくなった。  夏樹とのことは忘れていても、身体は何となく覚えているらしい。  夏樹がキスやハグをすると、たまに大学生の雪夜に戻ったような反応をするので面白い。 「雪夜の好きなやつ飲んでいいから。ほら、今日はどれにする?……イチゴ?りょーかい」  夏樹は、雪夜が選んだ乳酸菌飲料を口移しで一口含ませてから、素早く服薬ゼリーでお薬を流し込んで、また残りの乳酸菌飲料を飲ませた。  わざわざ最初に口移しでするのは、そうしないと雪夜が先に乳酸菌飲料を一気飲みしてしまうからだ。  退院前の雪夜は服薬ゼリーがあればなんとか飲めるようになっていたが、現在(いま)の雪夜は記憶整理による影響で、日によってはまた薬だけでなく、食べ物や飲み物など、口に含むことを全面的に拒否することがある。  病院にいる時なら点滴でどうにか出来たが、いまは栄養も薬も口から摂取するしかない。  そこで、隆文たちとも話し合った結果、全然薬を飲んでくれないよりはマシだ。と言うことになって、薬は雪夜の好きな甘い乳酸菌飲料を少し薄めたものを使って飲ませることにしたのだ。  ただ……毎回口移しするのは夏樹がキツイ。  別にイヤなわけじゃない……むしろ、雪夜にキス出来るのは嬉しいのだけれども……  雪夜は現在、精神年齢三歳だ。  だからこっちは我慢しているわけで……それなのに…… 「飲めた?はい、よく頑張りました!じゃあ、容器もらうね、捨てて来るから寝ていいよ。……ぅわ、ちょ、雪っ!?ダメだって……っ!?」  雪夜から乳酸菌飲料の容器を受け取った夏樹が、ベッドから立ち上がろうとした瞬間、雪夜に絶妙なタイミングで引っ張られてバランスを崩した。  夏樹がベッドに倒れこむと、雪夜がピョンと上に乗って来て……キスをしてきた。  というより、口唇をきた。  くっそ……油断した……っ!! 「……っ?」  夏樹の口唇を舐めた雪夜が、自分の口唇もペロリと舐めながらちょっと斜め上を見て首を傾げる。 「雪夜く~ん、納得しましたか~?もう俺の口には残ってないよ。雪夜が全部飲んだでしょ?」 「!?」 「いや、そんな驚かなくても……」  雪夜は最近、機嫌が良い時はこうやって夏樹をようになった。  夏樹が口移しをするせいで、夏樹の口は甘いのだと勘違いしているらしい。  もぅ、何なのうちの子……っ!!発想が可愛い過ぎる!!ちょっとおバカなのも可愛い!!  でも……襲ってくるのは勘弁してください! 「もうだ~め!!」 「!?」  夏樹が手で口を隠すと、雪夜が不満そうに頬を膨らませて、手をペチペチと叩いて来た。 「はいはい、叩かないで。『ぽよ~ん』しよっか!よいしょっと……」  夏樹は雪夜を抱っこしたまま起き上がると、ベッドに軽く放り投げた。  ベッドの上で雪夜がぽよよんと跳ねる。  雪夜はパッと起き上がると、夏樹にもう一回!とねだって来た。  病院の硬いベッドと違ってバネがいいので、ぽよんと跳ねるのが面白いらしい。  軽く投げるというか、ほぼ落とすだけなので、ケガもせず、雪夜にとってちょうどいい遊びになっているのだ。  そして、夏樹が雪夜の気を逸らすにもちょうどいい……  よし、何とか気が逸れたな!  やれやれ……  雪夜く~ん?大学生に戻ってからその積極性を出してくれると、夏樹さん超嬉しいんですけど!? ***

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