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夜明けの星 6-6(夏樹)

――数日後。  今朝は夢見が悪かったらしく、寝起きから雪夜はグズグズだった。  そのせいで、今日は久々に薬を飲ませるのに手こずった。  ようやく薬が飲めたものの…… 「雪夜、ジュースはお薬の時に一本ずつって言ったでしょ?朝の分はもう終わりです!」 「~~~~っ!!」  雪夜が眉間に皺を寄せて首を横に振る。 「イヤイヤしてもだ~め!喉渇いてるならお茶飲んで下さい。それかご飯食べる?」 「~~~っ!!」 「今日はご飯もダメな日?」 「っ……!」  雪夜がプイっと横を向く。  薬を嫌がる日はご飯もあまり食べてくれない。  そういう日が続くようなら病院に連れて行かなければいけないが、今のところ翌日には何とか食べてくれるので、嫌がる日は無理に食べさせないと決めている。 「あ、雪夜、じゃあ、これ飲んでみる?野菜ジュース!」  夏樹は、サイドテーブルに置いてあった野菜ジュースを見せた。  固形食が食べられるようになってからも、まだ煎餅やクッキーなどの硬いものや、肉などのよく噛んで食べるものは苦手だ。  あまり長時間口の中に物が入っていると、身体が拒否して吐き出す。  野菜も触感がダメなものが多いので、たいていはミキサーで細かくしたり、トロトロに煮込んだりしている。  つい一年ほど前までは、夏樹が作ったものを何でも「美味しいです!」と嬉しそうに食べてくれていたのに……その雪夜が、ご飯を吐き出すところを見るのは、ちょっと切ないものがある。  ……でも、一番辛いのは雪夜本人だろうから、夏樹も出来る限り雪夜が食べやすいように工夫している。  野菜ジュースは、食欲がない時の栄養補給にちょうどいい。  ……が、 「……っ!」  野菜ジュースを見せると、雪夜が頬をぷくっと膨らませた。  今朝のは小松菜を入れたので、緑色がお気に召さないらしい。   「大丈夫!ちゃんと俺が味見しました!美味しかったよ?バナナもハチミツも入ってるから、甘いし、味もバナナ味だよ!」  雪夜に飲ませる前に、必ず味見はする。  ただ、野菜ジュースはどうしても色がスゴイので、雪夜が飲むかどうかは気分次第だ。  実は小松菜の野菜ジュースは数日前にも作っていたが、その時は一口も飲んでくれなかった。  だから、ハチミツを足してもう少し甘くしてみたのだが……見た目は変わらないので、雪夜には同じものにしか見えないのだろう。 「……」  雪夜が夏樹に疑いの眼差しを向けてきた。 「じゃあ、これも口移しで行く?俺の口は甘いんでしょ?」 「!?……~~~~っ!」  雪夜が、難しい顔で考え込んだ。  どうやら、不味そうだから飲みたくないという気持ちと、俺からの口移しなら甘くなるかもという気持ちで葛藤しているらしい。    野菜ジュースと天秤にかけられる俺のキスってどうなの……?  でも、そんなことで真剣に悩んでいる雪夜の様子が可愛くて顔がにやけた。 「ほらほら、どうする?雪夜がいらないなら、俺が飲むけど?」 「!?」 「あ~美味しいな~」  一口飲んで見せる。 「!!」 「おわっ!!」  ごめんなさい。  (あお)れば飲んでくれると思っただけなんです……  焦った雪夜が、ジュースじゃなくて俺の口をめがけて飛び込んでくるのはさすがに予想外でした…… 「ちょっと待って、零れる!」 「っ!」  雪夜を受け止めながら、野菜ジュースが零れないようにギリギリ水平を保つ。 「わかったから、ちょっと落ち着きなさい!待って!!寝たままは無理だからっ!!」 「!!」  だから、何で俺が押し倒されてんの!!逆でしょ逆!?  やたらと積極的な雪夜に押されまくりの自分が何となく面白くなってきて、笑えて来た。  だって、雪夜に押し倒されるとか、以前なら滅多にないことだし。  大学生の雪夜が今の雪夜(自分)を見たら、絶対真っ赤になって布団の中に隠れてしばらく出て来なくなるだろうなぁ……  なんて、そんなことを考えていると、笑いが止まらなくなった。  あ、ダメだ、笑ったらジュースが零れる!! 「ちょ、雪夜ってばっ!!っはは、ちょっと待っ……」 「……!!」  夏樹が笑い転げていると、つられたのか雪夜の口角が少し上がった。  『イヤ!』の時よりもだいぶぎこちないけれど、それでも……  笑った……? 「……っ雪夜?……面白かったの?そっか……楽しいね!」 「……?」 「ごめん、何でもないよ。何でもない……っ」  久しぶりに見た雪夜の楽しそうな表情に、気がつくと涙が溢れていた。    ちょっと口角が上がっただけなのに……  あ~もう……涙腺バカになってんな……   「……っ?っ?」 「ん~!?」  夏樹の涙に焦った雪夜が、慌てて夏樹の上から下りて自分の服の裾で夏樹の顔をゴシゴシと拭いてきた。 「はは、ありがと。大丈夫だよ。何でもないから。……何でもないんだ……」  ジュースが零れないようにそっと起き上がると、サイドテーブルにグラスを置いて、雪夜の頬を両手で挟んだ。 「雪夜~?もっと笑っていいんだよ~?」 「っ!?」  雪夜の頬をムニムニと揉みながら、笑いかける。 「楽しい時は笑っていいんだ。さっきみたいに口角をあげて、口開けて声出して笑ってもいいんだ。もっと俺と一緒に笑ってよ。俺だけ笑ってたら……淋しいよ」 「……?」  されるがままの雪夜が、小首を傾げて夏樹の頭をヨシヨシと撫でてくる。 「俺ね、雪夜の笑ってる顔……大好きなんだよ。っ大好きなんだ……」  雪夜のどんな表情も好き。  だけど……やっぱり一番は……笑顔なんだ。  嬉しくて……哀しくて……  泣き笑いをする夏樹に戸惑って、雪夜がギュッと夏樹に抱きついてきた。  いや、たぶん……抱きしめてくれた……のかな? 「……」 「……大好きだよ、雪夜」  本当は、雪夜がちゃんと笑えるようになるまで泣かないつもりだったのに……  一度バカになった涙腺はなかなか閉まってくれなくて、それから涙が止まるまで……しばらく雪夜に抱きついていた。  雪夜は、その間、ずっと俺の頭をヨシヨシと撫でてくれていた。 ***  と思ったら、途中から俺の髪で遊んでいたらしい。  おかげで、あとで鏡を見ると髪がボッサボサになっていた……  でも、なんとなく嬉しくて記念に写真に残したのは内緒――……   ***

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