397 / 715
夜明けの星 6-8(夏樹)
「ゆ~きや、お風呂入ろうか!」
「!?」
夏樹がにっこり笑って言うと、一瞬ビクッとなった雪夜が、目を閉じて深呼吸をした。
雪夜は二回溺れた経験から、水がトラウマになっている。
精神年齢三歳の現在でも、“水が怖い”ということは覚えているらしく、病院にいる時からお風呂に入れるのは一苦労だった。
最初は雪夜だけを浴槽に入れて夏樹が浴槽の外からシャワーで洗ってあげていたのだが、シャワーだけでもパニックになって大騒ぎで……
そのくせ、雪夜が眠っている間に夏樹がシャワーを使っていると、目を覚ました雪夜が入口を少し開けて覗きに来る。
水は怖いが、夏樹の姿が見えない方が不安だったらしい。
あまりにしょっちゅう覗きに来るので、それならいっそ一緒に入れた方が早いと思い、病院でも一緒に入ることにしたところ、何とかパニックになることはなくなった。
とはいえ、水が苦手なことには変わりなく、別荘に来てからももちろん一緒に入っているのだが、風呂に向かう時の雪夜が毎回面白過ぎて笑ってしまう。
「ぶはっ!……っはは、雪夜~、また顔が“ゴ〇ゴ13”みたいになってるよ~!」
「……っ!!」
気合を入れているせいか、なぜか毎回、これから誰かを狙撃でもしに行くのかと思うような険しい表情になるのだ。
そして……
「ほらほら、今日は雪夜の好きなブクブクするよ」
「!?」
夏樹がバスボムを見せると、パッと眉が上がって眉間の皺がなくなる。
バスボム一個で表情が変わる雪夜がチョロ可愛い。
「ほら、おいで?早く来ないと俺がバスボム入れちゃうよ~?」
「!!」
夏樹が苦笑しながらバスボムを振ると、雪夜が慌てて浴室に追いかけてきた。
夏の間はシャワーだけでもいいが、別荘は山の上なので冬はお湯に浸かって温まらないと風邪をひいてしまう。
そのため、何とか冬になる前にお湯に浸かれるようにしようと試行錯誤した結果、珍しさと楽しさが相まって泡風呂系だとあまり怖がらずに入ることが出来たので、それ以来、毎日の入浴用に斎たちにバスボムや泡の入浴剤を買って来て貰っている。
***
「今日のは中に何か入ってるんだってさ」
「!?」
「はい、入れていいよ~」
「!!」
泡風呂は泡立ててから雪夜を呼ぶが、バスボムの場合はシュワシュワと溶けていくところが楽しいので、雪夜が自分でお湯に入れている。
好奇心や感動の前ではトラウマも身をひそめるらしい。
雪夜がお湯の中にポトンとバスボムを落とした瞬間、シュワシュワという音と共に無色透明だったお湯に色がついていく。
「~~~!!」
万歳をしながら喜ぶ雪夜の横で、夏樹は雪夜を洗うための泡を作っていた。
泡風呂の場合は、そのまま泡の浴槽の中で髪も身体も洗ってしまうが、バスボムの場合は、雪夜が浴槽の外からバスボムが溶ける様子を見ている間に、夏樹がさっさと全身を洗うようにしている。
バスボムは溶け切ってから入ったのではあまり意味がないように思うが……まぁ、雪夜が浴槽に入ってくれれば何でもいい。
「よし、出来た」
「!?」
雪夜の頭にこんもりとクリーミーな泡を乗せる。
急に頭の上に何か乗ったので雪夜が驚いて夏樹を振り返った。
「あ、気にしないでくださ~い。ただの泡ですよ~。それよりもお客様?ほらほら、まだシュワシュワしてますよ~?何が出て来るのかちゃんと見ててくださ~い」
「!!」
夏樹がおどけながら泡を見せると安心したのかまた浴槽に視線をうつした。
その間に手早く洗う。
「はい、お湯かけるよ~!目閉じて~!」
「!!」
雪夜が急いで両手で顔を隠した。
シャワーは病院にいる間に慣れてくれたので、頭からお湯をかけても嫌がらなくなったのはだいぶ助かる。
因みに、雪夜をお風呂に入れている時の夏樹は、どんな僧にも負けないくらい無の境地にいると思う……
「――よし、お湯に浸かろうか。もう全部溶けちゃったでしょ?」
「……!」
「こぉら、どこ行くの?まだお湯に浸かってないでしょ!?」
シャワーで泡を流した雪夜が、そのまま浴室から逃げようとしたので抱き上げる。
「ちゃんとお湯に浸かってから!ほら、今日のバスボムは中に何か入ってるって書いてたけど、何だったの?」
「?」
「見つけてないんでしょ?お湯の中にあるんじゃない?探さなきゃ!」
「……?」
お湯の中を探すと聞いて雪夜がちょっと不安そうな顔をする。
「大丈夫、一緒に探してあげるから」
抱っこしたまま浴槽に入ってお湯に身体を沈めていく。
足先がお湯につくと、雪夜がピッとお湯から足を引き抜こうとしたが、構わずに一気に肩まで浸かった。
「っ!!」
「はいはい、怖くないよ、大丈夫。そんなに熱くもないでしょ?」
夏樹にしがみついてくる雪夜を宥めながら、足で湯の中を探った。
「あ、ほら、雪夜、あったよ!」
「……?」
「なんだろこれ……ウミヘビ……チンアナゴ?」
「?」
どうやら今日のバスボムのオマケは、海の生き物シリーズだったようだ。
お湯もキレイなブルーに染まっている。
「チンアナゴはね、海の底の砂の中にいてね?こうやって、うにょ~んって身体を半分出してるんだよ。……ほら、水族館では何匹もいて、それが一斉に波に揺られてゆらゆらしてたから俺が「すごいシュールだね」って言ったら、「でもよく見るとびっくりしたような顔してて可愛いですね」って雪夜が……」
夏樹は途中でハッとして言葉を切った。
つい、雪夜と水族館に行った時のことを思い出して口に出していた。
そんなこと……覚えてないよね……
「?」
夏樹の様子に、雪夜が戸惑って首を傾げる。
「……あ、ごめんね。ほら、見て?びっくりしたような顔してて可愛いでしょ?」
「!」
雪夜はじっくりとチンアナゴの顔を見ると、うんうんと頷いた。
「……いつかまた一緒に水族館行こうね!水族館や動物園や遊園地や……いろんなところに行こう。いっぱいデートしようね!」
「……!!」
今は無理でも……きっとまた外を自由に歩けるようになる。
そうしたら、いっぱいお出かけしよう。
二人きりでもいいし、佐々木たちとダブルデートしてもいいし、兄さん連中とわいわい言いながらでもいい。
「外の世界は楽しいことがいっぱいあるからね!」
「!!」
よくわかっていないはずだが、雪夜も万歳をして嬉しそうな顔をしていた。
「よし!それじゃ出ようか!」
「!」
軽くお湯で顔を洗うと、夏樹は雪夜を抱っこしたまま浴槽から出た。
***
ともだちにシェアしよう!