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夜明けの星 6-9(夏樹)
「雪夜、ドライヤー持って来て~」
風呂から上がった夏樹は冷蔵庫からお茶を出しグラスに注ぎながら、雪夜に声をかけた。
「!」
ソファーに座っていた雪夜が、よろめきながら数分かけて脱衣所まで歩いて行き、出て来るなりドライヤーを持った手を高くあげてドヤ顔でポーズを決めた。
夏樹の頭の中に、ポケットからアイテムを取り出す某ネコ型ロボットの効果音が流れた。
「っはは、ありがと。ほら、おいで。よく頑張りました!」
苦笑しながら雪夜を抱き上げて、その場でくるりと一回転してからソファーに座る。
傍から見るとただふざけているだけのように思われるかもしれないが、ようやく手すりを持たずに少し歩けるようになってきた雪夜にとっては、ソファーから脱衣所までのたった数メートルでも、手すりも杖もなしで移動出来たことは大きな成長だ。
「明日、学島 先生に報告しないとね。頑張って歩けたよって!」
「!!」
雪夜の髪を乾かしながらそう言うと、雪夜がうんうんと頷きながらピースをした。
***
「だいぶ髪伸びたねぇ。ここに来てから切ってないもんな~……」
退院してからおよそ5か月。
雪夜が環境の変化に戸惑っていたので、慣れるまでは会う人を最小限にした方がいいだろうと、夏樹、学島、斎、裕也以外の人間とは会っていない。
だが、だいぶ慣れてきたのでそろそろ他の兄さん連中に会わせても大丈夫かもしれない。
入院中、雪夜の髪は、手先の器用な晃 が切ってくれていた。
一応、こうなることも予想して退院前に少し短めに切って貰っていたが、さすがに5か月経つとだいぶ伸びる。
今はボブヘアくらいになっていた。
まぁ、雪夜はボブヘアも似合っているけれど……
「雪夜、そろそろ晃さんに会ってみる?髪切って貰おうか!」
「……?」
「晃さんだよ、覚えてる?」
「~~~……」
首を傾げて考え込む。
「病院にいる時に、髪チョキチョキしてもらったでしょ?まぁ、会えば思い出すかもね!」
「……っ!」
雪夜がうんうんと頷いた。
斎さんたち以外の名前を聞いて、雪夜から積極的に“会いたい”と言ったのは、別荘に来てから初めてかもしれない。
「あ、雪夜、もう髪乾いたからお茶飲んでいいよ?」
「……?」
「……ん?なぁに?」
夏樹が自分の髪を乾かしていると、お茶を飲みかけた雪夜が夏樹を見上げてきた。
「どした?」
「……」
夏樹の目を見ていた雪夜の視線がちょっと下がった。
あ゛……もしかして……
「え~と……雪夜?お茶はお茶だからね!?甘くはならないよ!?……ちょっ!!」
「!!」
ルイボスティーだったのがお気に召さなかったらしい。
おそらく今は甘い飲み物が欲しかったのだろう。
お茶を一口含んだ雪夜が、夏樹の口を目がけて抱きついてきた。
「ちょっと待って!雪夜それいろいろ間違ってるか……おわっ!?」
夏樹は雪夜を抱き止めつつ、ソファーに倒れこんだ。
その瞬間、ゴクリと雪夜の喉が鳴って、雪夜が固まった。
んん?
「……ははっ!雪っ……もしかして飲んだ?」
「……」
雪夜がキョトンとした顔で夏樹を見た。
夏樹を押し倒した衝撃でお茶を飲み込んでしまったらしい。
「~~~~っ!!」
「ふ、くくっ、あ、ちょ、雪夜っ!!止めなさい!!こらっ!」
雪夜は、飲み込んでしまったのが悔しかったらしく、肩を震わせて笑う夏樹の首筋にガジガジと噛 り付いて八つ当たりをしてきた。
甘噛み程度なので痛くはないけど……
「雪夜~、噛んじゃダメだって!!」
***
「おまえらは今日も仲良しだねぇ~」
夏樹が雪夜を引きはがそうとしていると、頭の上から斎の呑気な声がした。
「あ、斎さん!!助けて!!雪夜に襲われる!!」
「こりゃまた可愛いオオカミだなぁ」
斎が苦笑しながら雪夜を抱き上げた。
「!?」
突然抱き上げられたので、雪夜が慌てて手足をばたつかせた。
「ほらほら、雪ちゃ~ん、斎さんだぞ~?わかるか?い・つ・き・さ・ん!」
「……っ!」
斎の名前を聞いて、雪夜の動きがピタっと止まった。
別荘に来てからもほぼ毎日のように会っていたので、夏樹が近くにいれば、斎には抱っこされても嫌がらなくなっていた。
「いいか、雪ちゃん。ナツを襲うなら夜にしとけ?あと、キスするなら飛びつくよりゆっくり迫る方が効果的だぞ?……視線はこうね?……そそ、うまいうまい!で、指先でこうやって、ちょっと顎持ち上げて――……」
「ちょ~~~~っと!!真剣な顔で何教えてるんですか!?変なこと吹き込まないでください!!」
起き上がってお茶で一服していた夏樹は、慌てて斎から雪夜を取り戻した。
「何って……キスの仕方?」
「うちの雪夜にはまだ早いですっ!!」
「毎日してるくせによく言う……」
「い~つ~き~さ~~~ん!?」
「はいはい、あれはお薬を飲ませるために仕方なくだもんな~?」
「いや、まぁ……仕方なくってわけじゃ……」
斎ににっこりと笑いかけられて、思わず口ごもって視線を逸らした。
斎さんのこの顔……見透かされてるみたいで苦手なんだよな。
たしかに、薬を飲ませる時のジュースをわざわざ毎回口移しする必要はない。
元々、薬を飲むのを嫌がった時に何とか飲ませる方法として思いついたわけで……
っていうか……えぇ、そうですよ!!結局は俺が雪夜にキスしたかっただけですよ!!
だって、まさかそのせいで雪夜に押し倒される羽目になるとは思いもよらなかったし!?
「んん゛、それはともかく……――」
夏樹はわざとらしく咳払いをすると、無理やり話題を変えた。
***
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