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夜明けの星 6-11(夏樹)

「よ~し、それじゃ用意するか~!イッキちょっと手伝え。これ下に敷いてくれ」  (あきら)がパンっと両手をあわせると、持って来ていた鞄から大きめのピクニックシートを取り出して(いつき)に渡した。 「ほいよ。ここらでいいか?」 「だな。おいナツ、椅子持ってこい」 「あ、はい!雪夜、ちょっとここで待っててね」  雪夜をソファーにおろして、ダイニング用の椅子を持ってくる。 「晃さん、ここでいいですか?」  シートの真ん中あたりに椅子を置いて晃を見た。 「どこでもいいぞ~?掃除するのおまえだし」  晃は夏樹の方などチラッとも見ずに、ベッドサイドから持ってきたサイドテーブルにハサミや櫛を並べていく。 「ちょっと、晃さん!?俺と雪夜の対応の差!!ひどいっ!」 「なに?おまえもアメちゃん欲しいの?」 「本物のアメはいらないですけど、扱いとしてのアメちゃんは欲しいです」 「ハハハ、なんだそれ。面倒臭いことを言う子にはあげませ~ん!」 「せっかく飯作って待ってたのに――」  夏樹が晃とじゃれているのを横目に、アメを舐めてご機嫌な雪夜は斎とお絵描きボードで遊んでいた。   「ほ~?雪ちゃん、上手に書けるようになったな!前は大きいのしか書けなかったのに、こんなに小さい字で書けるようになったのか~。ん~?この字が書きたいのか?これは、こうきて~こう。で、チョンってして~、こうきて、くるっと……――そうそう、上手!じゃ次は『い・つ・き』って書いてみて?」 「!!」 「ちょ~~~っと!!斎さん!?ズルいですよ!俺の名前もまだ書いてもらったことないのに!?」  斎が雪夜に『いつき』と書かせようとしているのが耳に入って来たので、慌てて割り込む。  文字は覚えて忘れての繰り返しなので、まだ一文字ずつの練習しかしていない。  どうせ単語を書くなら、最初は『なつき』と書いてもらいたい。  『つ』以外は、ちょっと難しいけど…… 「あ?そんなの「俺の名前書いて~」って言えばいいじゃねぇか。なぁ雪ちゃん?」 「……?」 「仕方ねぇから、そこのバカに見せてやれ」 「!」  斎に言われて、雪夜がお絵描きボードを持ち上げて夏樹に見せてくれた。 「ん?」    ボードを埋め尽くす勢いで書かれていたのは『な』と『つ』と『き』の三文字。 「誰かさんの名前、書こうと思えばいつでも書けますけど~?なぁ、雪ちゃん?」 「!!」  斎が雪夜の肩を抱き寄せて、雪夜と顔を並べた。  なぜか得意気な斎の真似をして、雪夜もドヤ顔で夏樹を見て来る。  仲良すぎだろ二人……っていうか……雪夜、さっきまでこの三文字を練習してたってこと? 「えっと……あの、すみません。それじゃ雪夜さん、俺の名前書いてもらってもいいですか?『な・つ・き』って……」 「!!」  夏樹が思わず雪夜の前で正座をしてお願いをすると、雪夜は手でOKサインを出して、先に書いていたものを全部消した。  真っ白になったボードに改めて文字を書いて行く。  やはり、『な』のバランスに苦戦はしていたものの、何とか『なつき』と続けて書くことが出来た。  ボードの上に並んだ3つの平仮名。  どうせなら『りん』まで書いてもらえば良かったとちょっと後悔しつつも、自分の名前をこんなに感慨深く眺める日が来るとは思わなかった。 「……?」 「……うん、雪夜、ちょっと貸して?はい、持って?はい、こっち見て?……よし!」  夏樹は、これでいい?と見せて来る雪夜に、お絵描きボードをこちら向きに持たせると、携帯で写真を撮った。 「よし!じゃねぇよ!撮影会を始める前にまず雪ちゃんに何か感想言えよ!」  写真を確認していると、一連の流れを見ていた晃に後頭部を叩かれた。 「痛っ……あ、いや、嬉しさのあまり……せっかくだから記念にと思って……」 「それはわかるけど、先に言うことがあるだろうがっ!」 「あ、そうですね!!雪夜~~!!ありがとね!嬉しい~~~!」  晃に怒られたからというわけではないが、夏樹は雪夜を抱き上げた。 「!!」 「俺の名前上手に書いてくれてありがとう!」  夏樹が笑ったのを見て、雪夜がホッとしたように口角をクイッと上げた。 「はいはい、こっち向いて~!」 「雪夜、そのまま斎さんの方見て?」 「?」  雪夜が笑ったからか、斎と晃も携帯を取り出したので、雪夜とそちらを向く。 「……お、いいね~!雪ちゃん可愛いぞ~!」 「どれどれ~?って、斎さん!?なんで雪夜だけ撮ってるんですか!今の流れだと俺も入ってるでしょ!?」  斎の携帯を確認すると、なぜか横にいた夏樹がぶった切られて雪夜のドアップになっていた。 「え?いや、おまえ邪魔だな~と思って切った」 「うそん……」 「入れて欲しい?」 「入れて下さいぃい~~~!!」 「仕方ねぇなぁ。ほれ」 「なんだ、撮ってるじゃないですか~。これ俺にも送ってください――……」  斎が別の画像を出して来た。どうやら数枚撮った中の一枚を雪夜の顔だけドアップにしてトリミングしただけだったらしい。それもどうかと思うけど!!  でも、雪夜の顔をドアップにしたい気持ちはわからんでもない!!   「写真はもういいか~?それじゃ、そろそろ髪切るぞ!」  脱線するのはいつものことなので、晃が頃合いを見て本来の目的である散髪に話を戻し、ハサミで切る真似をした。 「あ゛……すみません、お待たせしました!お願いします!……雪夜、髪切ろっか!」    そうだった。早くしないと雪夜がおねむになってしまう!!    夏樹は急いで雪夜を椅子に座らせた。     ***

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