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夜明けの星 6-14(夏樹)

――雪夜っ!!」  慌てて手を伸ばしたところで目が覚めた。  目の前には見慣れた天井。  夏樹は天井に向かって伸ばしていた手で顔を覆った。  夢……か……  久々に見たな……  雪夜が昏睡状態だった頃は、うなされない事の方が珍しいくらいだった。  掴み損ねて、落ちていく雪夜を為す術もなく見ているだけの自分……何回繰り返しても、俺が雪夜の手を掴めることはなくて……毎回あと一歩で間に合わない自分に腹が立つ。  せめて夢の中でくらい、ちゃんと助けさせてくれてもいいじゃないか……  だが、雪夜の意識が戻ってからは、夜うなされてパニックになる雪夜をあやすために、夏樹は常に気を張っているので、自分がうなされている場合ではなくなった。  良くも悪くも、夢も見ずに短時間集中して眠る状態になっていたのだが……  雪夜が少し落ち着いてきたから、気が緩んだのかな。  水でも飲んでこよう……ん? 「……ッ!!」  起き上がって隣を見た夏樹は、一瞬短く息を吸い込んでそのまましばらく息をするのを忘れていた。  そこにいるはずの雪夜がいない。 「……え?落ちた!?」  ベッドから転げたのかと思ってベッドサイドを覗き込むが、雪夜は落ちていなかった。    いつも俺の方が先に起きるのに……どこに行った!? 「雪……?雪夜っ!!どこっ!?」  雪夜の名前を呼びながら慌ててベッドから出た瞬間、食器が落ちるような音とドサッと何かが倒れるような音がした。 「雪夜!?キッチン(そっち)にいるの?――」 ***  雪夜はダイニングテーブルの横に倒れていた。  倒れるというか、転んだというか……うつ伏せになって、顔を伏せたままピクリともしない。   「ちょ、雪夜っ!どうしたの!?」 「……っ」  夏樹が抱き起すと、雪夜が涙目で俯いた。 「ケガしてない?どこか痛い?」 「……っ!」  杖なしで歩けるようになったとはいえ、まだ足元はおぼつかない。  起きてすぐの寝惚けた状態なら余計にふらつくはずだ。  倒れた時にどこかぶつけたのかと心配する夏樹に、雪夜は首を横に振った。 「どこも痛くはないの?」 「……」  小さく頷く雪夜の視線の先には、コップと床に零れたお茶。 「お茶が飲みたかったの?」 「……っ」  雪夜は首を横に振りながら益々泣きそうに顔を歪めた。  お茶が飲みたかったわけじゃないのか。  そりゃそうだよな、お茶はキッチンで飲めばいい。  わざわざ不安定な足で運ぶ必要はない。  コップをどこに持って行こうとしたのか、雪夜が涙を堪えている理由は何なのか……  寝起きの頭をフル回転して考えるが、いまいち読めない。  あ、もしかして、落としちゃったから気にしてるのかな? 「コップは壊れてないから大丈夫だよ。お茶も拭けばいいだけだし。気にしなくても……」 「っ!!」 「ん?違うの?」  雪夜がブンブンと首を横に振ると、夏樹を指差していくつかのジェスチャーをした。   「あ~……えっと、俺?が、寝てた?俺が寝てたから自分でお茶飲みに来たの?あ、違う?え、待って、もう一回!」  いつもなら雪夜の言いたいことはジェスチャーや表情から大体はわかるのに、今回はよくわからない。 「あ、待って、あいうえお表持ってくるね」  雪夜をソファーに下ろして『あいうえお表』を渡すと、しばらく『あいうえお表』とにらめっこをしていた雪夜がひらがなを指差していくつかの単語を伝えて来た。 「なになに?……」  単語を繋ぎ終えた夏樹は、自分の勘の悪さに心の中で舌打ちをした。 「あ~~~~……わかった……」 「……?」  雪夜が、伝わった?と首を傾げながら見上げて来る。  夏樹は自嘲気味に笑いながら、雪夜をぎゅっと抱きしめた。 「うん、わかった!そっか……俺に持って来ようとしてたんだ?」 「!!」  珍しく夏樹よりも先に目が覚めた雪夜は、夏樹がうなされていることに気がついて、お茶を持って来てあげようと思いキッチンまで来たらしい。  だが、手ぶらで歩くのと、物を持って歩くのとでは難易度が全然違う。  とくに液体を零さないように歩こうとすると、体幹バランスと足腰がしっかりしていないとすぐに零れてしまうし、自分の足元とコップの両方に意識を向けながら歩くのは大変だ。  案の定、雪夜もお茶に気を取られて足元がおろそかになり転んでしまったのだ。 「そっかそっか……ごめんね、心配してくれてたんだね……ありがとね」 「……!」 「うん、もう大丈夫。雪夜のおかげで元気になったよ」 「!」  夏樹の頭をよしよしと撫でていた雪夜が、ちょっとホッとした顔になって夏樹に抱きついてきた。  今日はいつもと反対だな。  俺が雪夜にあやされてる…… 「まだ起きるには早いから、もう少し寝る?」 「……」 「雪夜?って、もう寝てるし……!」    苦笑しつつ、ギュッと抱きしめる。  雪夜が夏樹のために動こうとしてくれたことが嬉しくて、愛おしくてたまらなかった。 「ありがと……」  耳元に軽く口付けて雪夜をベッドに寝かせると、零れたお茶とコップを手早く片付けて、また雪夜の隣にそっと潜り込んだ。  たまには……うなされるのも悪くないかもな……なんてね――……    ***  

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