406 / 715

夜明けの星 6-17(夏樹)

「あれ~、みんな来た~!いらっしゃ~い!」  テラスの上に積もっていた雪はほとんど丸く固められて雪ダルマにされているようだ。 「っ!?」 「おっと、どうしたの?あ、寒いのか」  浩二たちがテラスへの出入り口を開けた瞬間、ちょっと強めの風が吹いた。  雪夜は、この冬初めて感じる冷気に身を竦ませて、慌てて夏樹の背中に顔を押し付けた。 「お前ら、雪ダルマ作り過ぎじゃね?」  先にテラスに出た浩二が、裕也たちの前に並んだ雪ダルマを呆れた顔で眺めていく。 「だって、ここら辺にある雪だけでもいっぱい作れるんだもん」 「菜穂子はそろそろ中入れよ。今日はアレ作るんだろ?」 「はーい!」  斎に言われて返事をしたものの、菜穂子はまだ熱心に雪を丸めていた。 「ったく……すぐ風邪引くクセに……ほら、これも巻いてろ」 「お~あったか~い!ありがと!」  渋い顔をしつつも自分のマフラーを菜穂子の首に巻き付けている斎の姿に、何となく既視感(デジャヴ)……  雪夜が以前、斎と夏樹はよく似ていると言っていたけど……こういう心配性で甘いところがってことかな? 「お~い、雪ちゃんこっち来てみな?ここらは下に危ないものはないはずだから、大丈夫だぞ」 「……?」  隆たちに呼ばれて、雪夜が夏樹の脇腹辺りからもぞもぞと顔を出して来た。  もしもし雪夜さん?どっから顔出してんの……  実はまだ建物の中だ。  出入口の手前で雪夜が背中に引っ付いて来て、そこで立ち止まってしまったので、夏樹も動けなくなっていた。  山の中だとか、外だとか以前に、雪夜の天敵は“寒さ”だったか…… 「雪夜、寒いならここから見る?」 「……!」  一応出入口はガラス張りなので、中からでも外の様子は見ることが出来るのだが、雪夜は首を横に振った。 「あ、それは嫌なんだ?そかそか、まぁゆっくりでいいよ。こんな寒いの初めてだもんね」  夏樹は苦笑しながら、すでに真っ赤になっている雪夜の鼻をつまんだ。 「雪ちゃん、まだ無理か~?」  兄さん連中がかわるがわる雪夜の様子を見にくる。 「ん~、寒さに身体が動かないみたいです」 「お前が抱っこしてもダメ?」 「あ~……雪夜、抱っこしていこうか?」 「……っ」 「はいはい。おいで、よっと」  隆に言われて雪夜に抱っこを提案すると、うんうんと頷いて両手を伸ばして来た。  もこもこの雪夜を抱き上げ、テラスに出る。 「っ!!」  寒さのせいか、夏樹に抱きつく腕に一層力が入った。 「雪ちゃん、顔上げて見てみな?」  斎が、雪夜の頭をぽんぽんと撫でながら、顔を上げるよう促す。 「……?……っ!?」  夏樹がちょっと身体の位置を動かして、テラスの向こうを見せてやると、雪夜が身体をガバッと起こした。  テラスの前には、少し大きめの池がある。  滅多に全体的に凍るということはないが、今は表面が凍って、その上に雪が積もっているので、池も周囲と同化して一面真っ白になっている。  池の周りには桜の木が植えてあるので、雪から突き出た桜の木のおかげでそこに池があるとわかる程度だ。  知らない人なら普通に池の上に足を踏み出しているだろう。  テラスは地面から50センチくらい高くなっているはずだが、そのテラスの階段が雪に埋もれて見えないくらいなので、多分結構積もっている。 「……」  ポカンと口を開けて固まった雪夜は、瞳だけをキョロキョロさせて一面の雪景色に魅入っていた。 「雪ちゃん、ここ!」  階段の雪をかきわけて下におりた浩二たちが、テラスの柵の向こう側の、まだ手つかずでこんもりと雪が積もっているところを指差した。 「これって、下は生垣でしたっけ?」 「そそ、ツツジが植わってる。だから、危なくないぞ?」 「大丈夫かなぁ~……」  浩二たちが何をしようとしているのかわかったが、雪夜にそれをして大丈夫なのか少し不安が()ぎった。 「お前が一緒にすりゃ大丈夫だろ。ほれ、せっかくだからいっとけ!」 「ちょ、押さないでっ……うわっ!!」  浩二たちに勢いよく押されて、雪夜と一緒に雪の生垣の上に倒れ込む。   「っ!?」 「あ~もう!冷てっ!!雪夜、大丈夫?」  埋もれた身体を起こして隣の雪夜を見ると、雪夜は空を見上げたまま固まっていた。 「お~い、雪夜?どうしたの?」 「……っ……」 「ん?」 「雪ちゃん大丈夫か~?」  兄さん連中も、起き上がって来ない雪夜を心配して覗き込んで来た。 「雪夜?」 「……っふふ!」  みんなが覗き込むと、雪の中の雪夜が笑った。  まだちょっとぎこちない部分はあるけど、たぶん意識が戻ってから初めて見せた満面の笑みだと思う。  雪夜が掠れた声でクスクスと笑い転げた。  雪夜が笑ってる…… 「……そっか、楽しかったか!!良かった!」 「雪ちゃん、ずっとそこにいたら濡れて風邪ひいちゃうよ。起き上がろうか!」 「ここは積もってすぐだからフワフワだったでしょ?」  茫然とする夏樹の代わりに、兄さん連中が埋もれた雪夜を引っ張り起して、服についた雪を払ってくれた。 「え、なぁに?もう一回するの?」 「ちょっと待て、それじゃ次はこっち。同じとこだと面白くねぇし――」  よほど楽しかったのか、雪夜が兄さん連中にもう一回したいとねだって、今度は隆たちと雪に飛び込んだ。 「あ~らら、みんな真っ白だな。ほら、ナツも起きろ。服が濡れるぞ」 「……斎さん……雪夜が」 「ん?あぁ、楽しんでるみたいだな。良かったな」 「声もちょっと出てる……」  驚き過ぎて言葉にならない夏樹の頭を斎がポンポンと撫でてくる。 「……恐怖に打ち勝つのは、大きな感動……ってな!」 「え?何ですかそれ」 「雪ちゃんにとっては、この一面の雪景色や雪に飛び込む体験が、恐怖を上回るほどの感動だったんだろ」 「……なるほど――」  隆たちに雪をかけられて全身雪まみれになりながら楽しそうに笑う雪夜を、みんなが嬉しそうに笑顔で見守っていた。    雪が解けたら、あんな風に喜んで外に出られるかはわからないけれど……  この経験が雪夜の心に何らかの変化をもたらしたことは間違いない。    そうか……恐怖を上回るほどの感動……か。  雪夜の今後について、五里霧中状態だった夏樹たちにも少し希望が見えた日だった――…… ***

ともだちにシェアしよう!