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夜明けの星 6-19(夏樹)
「お待たせ~!雪ちゃん、それじゃお手伝いしてもらおうかな~」
雪夜が兄さん連中とお絵描きボードでひらがなの練習をしたり、浩二画伯の謎のイラスト当てクイズをしたりして遊んでいると、何やら荷物を抱えて菜穂子と斎がやってきた。
「もう向こうでも焼き始めてるからね、こっちでは、ナツくんと雪ちゃんの分ね」
そう言って菜穂子が取り出したのは、カップケーキの材料。
そもそも、なぜこんなに兄さん連中が一堂に会しているのかと言うと、明日が恒例の2月14日だからだ。
いつもは当日だけ避難してくるのだが、今回は天気予報で雪が降る可能性が高いと言っていたので、昨日の午後からボチボチ集まって来ていたのだ。
一昨年もこの時期、別荘 で過ごしていた雪夜は、菜穂子とバレンタインのカップケーキを作った。
夏樹は雪夜からカップケーキをもらって感激したものの、それまでの疲れから熱を出し、結局イチャイチャ出来なかったという苦い思い出が……
うん、その部分はキレイさっぱり忘れてくれていいよ!!
とにかく、カップケーキを作れば何かその時のことを思い出すかもしれないし、思い出さなくても楽しんでくれれば雪夜にとっていい経験になるだろうということで、菜穂子がまた一緒に作ってくれることになった。
「はい、雪ちゃんのエプロンね」
「っ!」
菜穂子は雪夜用にフリフリのエプロンを用意していた。
雪夜はフリフリの部分は特に気にする様子もなく、単にエプロンをつけて貰えるのが嬉しかったようで、さっそく夏樹に見せにきた。
「?」
「うん、よく似合ってるよ!」
「!」
夏樹に褒められて満足そうな顔で菜穂子の元に戻っていく。
どうしよう、うちの子が可愛い……!
なお姉、グッジョブ!!
***
「――いいですか~?それじゃあ、まずこのボウルに卵を割りますよ?」
「っ!」
「卵は……ナツくんが一緒に割ってあげて」
「え?あ、はい!」
カメラを構えてハラハラしながら見守っていると、急に菜穂子に呼ばれたので若干焦る。
隣にいた斎にカメラを渡して、手を洗った。
卵か……そういえば、雪夜はようやく卵を上手に割れるようになったところだったな~……
「おいで、雪夜。卵はね、こうやって軽くコンコンってして――……」
「っ!!」
雪夜の親指がグッと入ったので黄身は割れてしまったが、一応ちゃんと割ることが出来た。
「わかった?よし、一個自分で割ってみる?」
「っ!!」
任せて!と自信満々に卵を持った雪夜は、自信満々にテーブルに卵を思いっきり叩きつけた。
「……」
手の中でぐしゃぐしゃに潰れた卵を見て、ちょっと首を傾げた雪夜がゆっくり顔をあげると、スンっとした表情で遠くを見た。
うん、わかってた。
わかってたよ……
「んふっ!……んん゛っ、はい、雪夜く~ん!帰っておいで~!」
「ぶはっ!!クラッシャー復活!」
必死に笑いを堪える夏樹の横で、雪夜の様子を見ていた浩二が吹き出した。
「浩二さん!?何そのクラッシャーって……誰がつけたんですか!?」
「え?俺。だって、雪ちゃん前から卵割るの下手だったからなぁ~」
そりゃまぁ、割るっていうより、潰してるけど……
「……でもだいぶ上手くなってたんですよ?また戻っちゃいましたけど……」
「まぁ、今はまた手先が不器用になってるから仕方ねぇよ。力加減難しいよな――」
「こうちゃん、これで拭いて~!」
「はいよ」
菜穂子からキッチンペーパーを受け取った浩二たちが、笑いながら床に飛び散った卵を拭いてくれた。
兄さん連中にお礼を言いながら、夏樹は、ふと思った。
卵だけじゃなくて、以前から雪夜は不器用なところがあったが、もしかして、その原因は……今不器用になっているのと同じなのかもしれない。
そういえば、達也たちの話では研究所にいる間はペンを持ったこともなかったとか言ってたし……
「また練習しなきゃだね」
「……」
「気にすんな!最初はみんなそんなもんだ。大丈夫、練習すれば出来るようになるからな!」
恨めしそうに卵をツンツンする雪夜の頭を、斎がガシガシ撫でて行った。
「雪夜、卵ならまだあるから、もう一個一緒に割ってみようか!」
「っ!」
「ギュッて持たなくてもいいからね。落とさない程度に優しくね?そそ、で……」
「!」
夏樹が手を添えて、何とか黄身を潰さずに割ることが出来た。
「!!」
雪夜が両手の指で〇を作って、空を指差す。
「うん、真ん丸のお月様みたいだよね。雪夜も練習すれば黄身を潰さずに割れるようになるからね」
「!!」
うんうん、と頷くと、ボウルを菜穂子に渡した。
「ありがと~。はい、それじゃこのお月様を~……潰します!」
「!?」
菜穂子が笑顔で黄身を潰そうとして、手を止めた。
お月様を潰すの!?と雪夜が泣きそうな顔で見ていたからだ。
「雪ちゃん?形あるものはいつか壊れるんだよ……お月様もずっと真ん丸じゃないでしょ?」
「こらこら、菜穂子。それくらいで止めてやれ、雪ちゃんがビックリしてるじゃねぇか」
斎が苦笑しながら菜穂子の頭を叩くフリをする。
「あはは、ごめんね雪ちゃん、それじゃぁ、せっかくだからこれは後でナツくんに目玉焼きにでもしてもらおうかな!」
「あ、はい。なつ姉すみません」
「そんな目で見つめられたら流石に潰せないよ~」
雪夜は菜穂子から戻してもらったボウルの中の卵をホッとした顔で眺めていた。
その隙に菜穂子が粉の中に別の卵を割り入れて、さっさと潰して混ぜ込んだ。
「――さて、雪ちゃん、こちらに材料を全部混ぜた生地があります。これをカップに入れていくよ~!」
材料が全部混ざって卵感がなくなってから雪夜に生地を見せる。
カップに入れるのも、雪夜ひとりでは難しいので、夏樹が手伝った。
「――あとは、ちゃんと焼けるようにお祈りします!はい、ご一緒に!美味しく焼けますように~!」
「~~!!」
雪夜が菜穂子の真似をして熱心に手を合わせる後ろで、なぜか兄さん連中まで一緒にお祈りをしていた――……
***
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