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夜明けの星 6-20(夏樹)
結果的には、雪夜はカップケーキ作りで一昨年のバレンタインのことを思い出した様子は見られなかった。
でも、何だかんだで楽しそうだったので……これはこれで良かったと思う。
学島 も、料理は切る混ぜる潰す……など、いろんな動きをするので、リハビリにもいいと言っていたし、自分で作ることで食欲にもつながるかもしれない。
お菓子作りだけじゃなくて、普段の料理も一緒にしてみようかな……
それはともかく……
バレンタイン当日は、なぜか雪夜のカップケーキ争奪戦になった。
***
「斎さんは雪ちゃんが作ったカップケーキが食べてみたいな~」
「雪ちゃんは、いっつも美味しいお菓子を持って来る浩二さんにくれるよな~?」
「いや、ここはやっぱり仲良しの裕也さんだよね~?」
「っ!?っ!?」
雪夜が兄さん連中に圧倒されて、あわあわしながら後退する。
「ちょっと、兄さんたち!?雪夜は俺の分と自分の分しか焼いてないんですよ!?」
「んなこたぁ、横で見てたんだから知ってるよ」
「だったら、変なこと言って雪夜を困らせないでください!兄さんたちの分はないです!」
「それは言ってみないとわかんねぇだろ?そもそも、雪ちゃんがお前に渡すとは限らねぇんだから」
「ええっ!?雪夜~!俺にくれるよね!?」
浩二に煽られて、思わず夏樹も一緒になって詰め寄った。
「っ!?~~~……」
「あ~ごめんごめん、怖くないよ~!泣かなくていいからね!?」
パニクった雪夜が泣きそうに顔を歪めたので、兄さん連中が急いであやしにかかる。
「カップケーキは、雪ちゃんが食べて欲しいな~と思うやつに渡せばいいんだぞ!」
「バレンタインはね~、好きな人に気持ちを伝えるために渡すんだよ~!」
好きな人と聞いてちょっと考え込んだ雪夜は、夏樹用にラッピングした分は、ちゃんと夏樹に渡しにきてくれた。
「ありがと~雪夜~!大好きだよ!」
そりゃいくら忘れられてても、恋人だし!?
現在 の雪夜の中でも俺は上位にいるはずだから、くれるとは思っていたけれど……無事にもらえてホッとした。
何より、兄さん連中に勝ったのは嬉しい!
ちょっと考え込んでたのは気にしない!!
「っ!」
夏樹が雪夜を抱き上げて軽く頬に口付けると、雪夜がくすぐったそうにクスッと笑った。
「ちっ!やっぱりナツは固定か~」
「でもまだあと三個ある!!お願いしまーっす!」
「お願いしまーっす!」
兄さん連中が頭を下げながら一斉に手を出した。
カップケーキは、菜穂子がプレーン味とチョコ味の二種類を一個ずつ、つまり、一人二個ずつ、全員分をちゃんとラッピングしてくれている。
でも、雪夜が昨日焼いたのは、プレーン味二個とチョコ味三個の五個。
菜穂子が特別にプレーン味一個とチョコ味二個の三個を雪夜用にと、一個余分に用意してくれていたのだ。
兄さん連中はそれを狙っているらしい。
「雪夜、気にしなくていいから、自分で食べていいよ。それは雪夜の分だからね」
夏樹は、差し出された手に戸惑っている雪夜にそう言ったのだが、雪夜は困った顔をしながら兄さん連中の手と自分のカップケーキをじっと見ると、プレーン味のカップケーキをちょっとずつちぎって兄さん連中の手の平に乗せていった。
「ありがと~!雪ちゃんは優しいなぁ~!」
「うん、美味しいよ、ありがと!」
「それじゃ、お礼に……」
「!?」
雪夜がくれた欠片を一口で食べると、兄さん連中がお礼にと、菜穂子から貰った自分の分のカップケーキを一個ずつ雪夜に渡して来た。
自分の前に並んでいくカップケーキに、雪夜の目が大きく見開かれて、ポカンと口を開けた。
「人に優しくすると、こんな良いことがあるんだぞ~!」
「いつもってわけじゃねぇけどな。でも雪ちゃんが誰かに優しくしてあげたら、その分、きっと誰かが雪ちゃんに優しくしてくれるからな――」
うわ……兄さん連中がいきなりまともなことを言い出した……
こういう時は必ず何か裏が……
「くれぐれも、ナツみたいなひねくれたヤツにはなっちゃダメだぞ~!?」
「えええ!?」
それが言いたかっただけかぁ~~!!
「ナツは俺らに分けてあげようなんざこれっぽっちも思わねぇんだもんな~?」
「そんなことは……まぁそうですね」
「そこは否定しとけよ!!」
と言われても、夏樹はもう二個とも食べ終わっていた。
「う~ん、じゃあ、これあげます」
「ゴミはいらねぇ!!」
夏樹がカップケーキの周りについていた紙製のカップ型を渡すと、浩二がペイッと投げ返して来た。
「いや、ここにまだちょっとついてますって」
「よ~し、ナツちょっと来い。スパーリングするぞ」
「嫌です!ごめんなさい!!」
「ったく、可愛げのねぇやつ」
「っていうか、人の恋人からカップケーキを奪うのやめてくれませんかね?」
「奪ってねぇし!物々交換しただけだ。っつーか、わらしべ長者的な?」
まぁ、ある意味そうかも……
「あ、雪夜!?それ全部雪夜の分だけど、一気に食べちゃダメだからね!?今は二個だけだよ!!残りは冷蔵庫に入れておこうね」
「っ!?」
「だ~め!もうすぐお昼ご飯だよ!!」
「……っ!」
雪夜が眉間に皺を寄せて、ぷくっと頬を膨らませた。
「ぅ……そんな顔してもダメです!雪夜、心配しなくても他の人が食べたりしないからね?」
食欲があるのは良いことだけど、お菓子でお腹を満たされるのは困る!
夏樹は心をオニにして、三個目に手を出そうとしていた雪夜から急いでカップケーキを没収すると、冷蔵庫に入れた。
***
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