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夜明けの星 6-24(夏樹)

「う~ん……ダメか……」 「やっぱり嫌がるか?」 「ですね~……すぐに取っちゃう。息苦しいのかな」  この時期は花粉や埃が多いので、外に出るなら喉が弱い雪夜にはマスクをして欲しいのだけれども……  以前は自分でマスクをしていた雪夜だが、精神年齢3歳児の状態になってからは外に出ていなかったのでマスクをする必要がなかったせいか、さっきからマスクをつけても嫌がってすぐに外してしまう。  雪遊びの時はマフラーを口元まで巻いていたからマスクは必要なかったけど、さすがにもうマフラーは巻けないしな~…… 「雪夜~、俺もつけるからつけてみない?ほら、夏樹さんとお揃いだよ?」 「……っ!!」 「あ、俺もつけちゃダメなんだ?わかったから引っ張らないで!」  夏樹がつけてみせると、顔が隠れるのが気に入らなかったのかすぐに剥ぎ取られてしまった。 「ダメだこりゃ。もうこのまま行くしかないですね。まぁ短時間なら大丈夫かな?」 「そうだな。とりあえず、そのまま出て様子見るしかねぇな。よし、そんじゃ行くか~」 「はい」  夏樹が抱っこしたまま雪夜を連れてテラスに向かう。  たぶん、テラスに出る一歩目はここ最近では一番緊張していたかもしれない。  夏樹が緊張していると雪夜に伝わってしまうので、軽く深呼吸をして表情を隠した。 ***  テラスでは、すでに花見酒を楽しんでいる浩二、裕也、玲人(れいじ)(たかし)とすっかり兄さん連中にも馴染んでいる学島(がくしま)がいた。  雪夜に桜を見せるということで、兄さん連中も店がある(あきら)以外は昼前から集まってくれることになったのだ。   「お、雪ちゃん来たか~」 「って、浩二さん何やってんですか!今日は出勤のはずでしょ!?」  夏樹は、爽やかに手を振りながら近付いてきた浩二にすかさずツッコんだ。 「俺やればできる子だから、今日ここに来るために、めっちゃ頑張って仕事片づけた!」 「じゃあ、いつもそれくらい頑張って下さい」 「ナツはホント可愛くねぇなぁ。雪ちゃ~ん、浩二さん頑張ったからヨシヨシして?」 「何で雪夜に甘えてるんですか!あ、ほら雪夜、浩二さんの頭触ったら手がベトベトになっちゃうよ!」 「失礼な奴だな!今日は何もつけてねぇよ!サラッサラだろうが!」 「っ!?っ!?……~~~っ!」  浩二と夏樹が言い合いをするのはいつものことなので雪夜も見慣れているのだが、それでも毎回間に挟まれてオロオロする。  いまも雪夜は二人を交互に見てオロオロしていたのだが、ちょっと頬を膨らませて唸ると、両手を伸ばして浩二と夏樹の頭を同時にポンポンと軽く撫でた。 「ふっ……はは、ありがと雪夜。俺も撫でてくれるんだ?」 「ありがと~!雪ちゃんは優しいなぁ~!」 「いや、優しいっつーか、今のは『いい加減にしろっ!』ってことだと思うけどな……」  玲人が隣でボソリと呟いたのを、他の兄さん連中が笑いを堪えて聞いていた。 「はいはい、そんなことより、今日は桜!!お花見!!ほら、雪夜、見てごらん?」 「?」  雪夜は、夏樹の指差す方を見て口をポカンと開けた。  実は、浩二との言い合いはフェイクで、雪夜の意識をこちらに向けている間に桜の傍まで移動するための芝居だった。  まぁ、会えばふざけて言い合いをするのはいつものことなので、今も別にお互い打ち合わせをしたわけではない。  単に雪夜の気を逸らせ、と斎に言われたのでそうしただけだ。   「……っ!!」 「お~、満開だ。すごいね~。桜キレイだね!」  俺たちの頭の上には満開の桜が広がっていた。  テラスからでも桜を見ることは出来るが、同時に周囲の山の風景も目に入ってしまうので、桜の真下に来て桜だけ目に入るようにしたのだ。 「今年は一気に咲いたから見事だな」 「ここの桜の木もだいぶ大きくなったからなぁ」  兄さん連中も感嘆の声をあげる中、雪夜はまだ口を開けたまま上を向いていた。  雪遊びをした時は笑顔が見えたけど……桜はどうかなぁ~……  表情が曇っているようには見えないから、一応喜んでる……のかな? 「雪夜~?顎外れてない?大丈夫?」  夏樹がちょっと茶化して雪夜の頬に触れると、雪夜がパッと夏樹の顔を見た。 「……ネ」 「ん?」 「ちれぇね~!」 「……へ?」 「しゅごいね~!」 「……雪夜……?」  雪夜が嬉しそうに放った言葉に思わずその場にいた全員がポカンと口を開けた。  みんな、今回も笑い声くらいは聞けると思っていた。  でも、雪夜の口から出たのは……  ずっと喋ってなかったせいで滑舌は超絶悪かったが、それでも久々に聞いたちゃんとした言葉だった。 「うんうん、桜いっぱいでキレイだよなぁ~」 「雪ちゃん、花びらまみれだな~」  夏樹よりも先に我に返った兄さん連中は、さっそく雪夜にちょっかいを出していた。 「……ぅん……うん、キレイだね!スゴイね!!」  夏樹もようやく笑顔で声を絞り出した。 「なちゅしゃんも、ちれー!」  雪夜が、夏樹の髪についた花びらを取ってふわっと笑った。 「え?あ、花びら?ははっ、雪夜も花びらいっぱいついてるよ」  待て待て待て!!今、「なちゅしゃん」って言った……?  あれ?今の雪夜は俺のことは「なつ」って呼んでるはずなのに……  頭の中ではいろいろと混乱していたが、せっかく雪夜が話しているのだから流れを止めたくなくて、ひとまず考えるのを止めた。 「雪夜、みんなで写真撮ろうか!」 「あい!」 「いいな、撮ろうぜ!」  そう言って、兄さん連中が雪夜と夏樹の周りに集まった。 「……って、ちょっと待て~い!みんながこっちに来たら誰が撮るんだよっ!?」  浩二がツッコむと、一斉に浩二に指が集中した。 「えええ!?俺!?……あ~もう!わかったよ!撮るけど、後で代われよ!?俺も一緒に撮りたい!」 「わかったわかった、後で交代してやっから」  ブツブツ言いながらも浩二がカメラを構えた。 「よ~し、撮るぞ~!雪ちゃん、こっち見て~!――」  数枚撮って、最後の一枚。 「はい、じゃあ次ラストな。はい、チー……」 「~~~っぷちょんっ!」 「……え?」  シャッターを切るタイミングで、雪夜が盛大にくしゃみをした。 「へっ……ぷちっ!……ぷちょんっ!」  一度出始めたくしゃみは、なかなか止まらない。  同時に鼻水も垂れて来る。 「ぶふっ!……あ、ダメだこれ。やっぱ花粉に耐えられなかったか~!」  夏樹は笑いを堪えながらポケットからティッシュを取り出した。 「よ~し、お花見終わりだな。中入ろうぜ」  斎が笑いながら夏樹が持っているティッシュを受け取ると、雪夜の鼻を拭いてくれた。 「ぅ~~~~~っ!!」  雪夜は目が痒くなったのか夏樹の肩に顔を埋めてグリグリと擦りつけていた。  おかげで帰りも周囲を見る余裕はなかったので、ちょうど良かった。 *** 「……え、ちょ……おい、俺まだ一緒に写真撮ってな……ぅおおおおいっ!?」 「コージ、雪ちゃんがあの調子じゃ写真どころじゃねぇだろ?さっき撮ったやつで我慢しろって」 「いや……その写真には俺一緒に写ってねぇんだけど!?」 「あぁ……ドンマイ!!」 「どんまいじゃねぇよぉ~~~……」  隆にポンっと肩を叩かれて、浩二は情けない声を出しながらみんなの後を追った。 ***

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