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夜明けの星 6-25(夏樹)

 夏樹は部屋の中に入る前に自分と雪夜の全身の埃や花粉を叩き落として、部屋に戻るとまずシャワーで洗い流した。 「――雪夜~、髪乾かさなきゃ……あれ、斎さん」 「お、出て来たか。乾かしてやるよ。雪ちゃんおいで~」  兄さん連中はまだ外で花見を愉しんでいると思っていたのだが、風呂から出ると斎、隆、裕也も中に入って来ていた。 「どうしたんですか?雨でも降って来ました?」 「いや?いい天気だぞ?」 「だって、まだ花見……」 「“花より雪ちゃん”ってな。花はもう十分見たし、何より雪ちゃんと一緒に飯食う方が愉しいからな。なぁ雪ちゃん?」  髪を乾かしながら斎が雪夜の顔を覗き込んだ。 「?……あい!」  雪夜がちょっと首を傾げて返事をした。  今のは「よくわからないけどとりあえず……」のハイ!だな。  それにしても……兄さんらどんだけ雪夜のこと好きなんですか…… 「はい、雪夜。お茶だよ」  夏樹はお茶を置いて雪夜と斎の隣に座った。  他の兄さん連中もざっとシャワーを浴びていたらしく、大浴場のある二階から続々と下りて来た。  みんな服も着替えていた。  室内に花粉を持ち込まないように……という、これまた雪夜のためだろう。  夏樹が雪夜のことを大事にしているのと同じくらい……もしかしたらそれ以上に、兄さん連中も雪夜のことを大事にしてくれている。  今回のことでも、夏樹の気づいていないところで、かなり助けてくれているのだろうと思う。  ただ……今は……二人っきりが良かったなぁああああああああ!!  だって、ようやく雪夜が喋れるようになったのにぃ~!?  いっぱい話したいことがあるし、今の精神年齢がどうなってるのかも気になるし、雪夜の記憶も…… 「ナツ、お前の気持ちはわかるけど、まぁ焦るなって」  斎がドライヤーを夏樹の顔に向けて来た。 「ナンノコトデスカ?」  温風を浴びている夏樹の髪を、雪夜がわしゃわしゃとかき混ぜてきた。  うん、ありがとう雪夜!でも、ドライヤーが当たってるのは顔面だし、そもそも俺はもう髪乾いてるんだけどね…… 「雪ちゃんと二人っきりがいいな~って顔に書いてあるぞ」 「え!?」  斎に言われて思わず自分の顔を触る。 「お前はすぐに顔に出るからなぁ」 「なっちゃん、わかりやすすぎ~!」  兄さん連中が夏樹の顔を指差して笑った。  普段の夏樹はあまり感情が表に出ないので、夏樹がわかりやすい、などと言うのは兄さん連中くらいだ。  ただ、自分でも、雪夜と出会ってからは表情や感情が随分豊かになった気はする…… *** 「弁当並べるぞ~!ナツ、テーブルの上のもの退けろ」 「あ、はい!」  今日は隆も来ているので、お花見弁当は隆と斎が作ってくれた。  隆の本格料理を食べるのは久々なので、夏樹も楽しみだ。 「今日は、お花見弁当ってことで、ちょっと頑張ってみたぞ~!」 「雪ちゃん、蓋開けてみな?」 「……?」  目の前に並んだ大きなお重の蓋を雪夜が指差す。 「うん、蓋開けていいよ」 「あい!」  雪夜が勢いよく蓋を取ると、お重にはいかにもお花見弁当らしいカラフルな手まり寿司や飾り巻き寿司と花の形をした卵焼きやタコさんウインナーが詰め込まれていた。 「ぅわぁ~!!」    雪夜が手をパチパチ叩きながら喜ぶ。  雪夜の反応に、隆と斎が満足気に笑った。 「かわいーね!なちゅしゃん!みて!」  興奮した雪夜が、隣にいる夏樹の腕をペチペチと叩いてきた。 「うん、可愛いね。美味しそうだねぇ」 「ねー!!」 「ナツ?俺たちが作ってるんだから、じゃなくて、んだよ!雪ちゃん、いっぱい食えよ~!」  固形食にはまだムラがある雪夜だが、隆と斎は雪夜が食べやすいように大きさや素材を工夫してくれているようだ。  今日は食べる気になってくれたみたいだし、いっぱい食べてくれるといいなぁ~…… 「さて雪夜、どれから食べる?」 「ん~……これ!」 「お、いいね~。これ、薄焼き卵で巻いた手まり寿司だね。中に何か入ってるかもよ?」 「あわあわ!」 「あ~、そうだね。バスボムに似てるよね。でもこれは溶けないから雪夜がちゃんとモグモグするんだよ~?はい、あーん」 「あ~ん!――」  因みに、雪夜にはこのカラフルで可愛い手まり寿司や飾り巻き寿司の、どちらかと言うと女性に喜ばれるような内容の弁当だったが、他のお重には……  おにぎらずと、エビフライ、チーズボールや唐揚げなどの肉系のおかずが目いっぱい詰め込まれていた。 「なぁ、タカ?雪ちゃんの弁当と俺らの弁当、全然気合の入れ方が違う気がするんだけど……?」  浩二が自分の弁当と雪夜の弁当を見比べながら首を傾げた。 「お前らは質より量だろ?お上品なのを作っても、愛でることもなく一瞬で食っちまうようなやつに手間暇かけられっか」 「ははは、まぁたしかにな。うん、うまい!」    兄さん連中は軽く酒を飲みながら、をあっという間に食べてしまった。   「雪夜!?あっちは気にしなくていいからね。ゆっくり食べていいんだよ!」  兄さん連中の食べる勢いにつられて、雪夜が焦って口に詰め込もうとしたので慌てて止める。  あんまり一度に口に入れると飲み込めなくて結局吐き出してしまうのだ。 「ちょっとずつ食べて行けばいいからね。ほら、俺もまだ食べてるし、斎さんたちもまだ食べてるでしょ?」 「むぐっ……」 「口に入ってる時は喋らなくていいよ。先にごっくんして!」 「っ!」  うんうんと頷くと、雪夜は口に入った一個目の手まり寿司をようやく飲み込んだ。   「飲み込めた?大丈夫?」 「なちゅしゃん、これも!」 「次これ?いいよ。でも先にお茶一口飲んで」 「あい!」  雪夜が自分から進んで固形食を食べたいと言うのは珍しい。  さすが、隆の作った弁当だ。どうやら、気に入ったらしい。   「隆さ~ん、雪夜手まり寿司が気に入ったみたいです」 「お~、そうみたいだな」  隆と斎も雪夜の食べる様子を見守っていた。 「雪ちゃん、美味しいか~!良かった良かった。それ具材替えたら他にもいろいろ作れるから、ナツに作ってって言ってみな?」 「っ!?なちゅしゃん!!」  隆にけしかけられて、雪夜が夏樹にキラキラした瞳を向けて来た。 「ふはっ、ははは、わかった。また今度作ってあげるね!」  雪夜が食べてくれるなら、いくらでも作るよっ!!―― ***

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