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夜明けの星 6-27(夏樹)

 雪夜は30分程で目を覚ました。  雪夜のお昼寝としては短いが、機嫌が悪くなるどころか目を覚ました瞬間からご機嫌で、兄さん連中と一緒にお絵描きボードで遊び始めた。  寝て起きたらまた声が出なくなっているかもしれない……と少し心配していたが、どうやらそれは杞憂だったらしい。 「ほほ~!上手に書けるようになったなぁ。じゃあ次、『こ・う・じ』って書いて?」 「あいっ!!」 「うんうん、そうそう……お?雪ちゃん、おしいな~……これだと『こうし』だな。ここに『゛』つけて?」 「?」  まだ濁点のひらがなは練習していないので、雪夜が戸惑って首を傾げた。 「お前今日からコウシでいいんじゃね?可愛いじゃねぇか。子牛みたいで」 「可愛くねぇよ!!あ、おいこら、笑ってる場合じゃねぇぞ?お前もこのままだと『れいし』になるんだぞ!?それでいいのか玲人(れいじ)!」 「俺は別に雪ちゃんが書いてくれるなら何でもいいけど?」 「お前はもっと自分を持てっ!!――」  雪夜に自分の名前を書いて貰おうと必死な浩二と玲人の様子を、他の兄さん連中が苦笑しながら眺めていた。 「玲人さん、ついでに濁点のひらがな教えてあげてください」 「お~?わかった。そんじゃコージは発声な。雪ちゃん、濁音『が行』からいくぞ~」 「雪ちゃん、真似して~?今の浩二さんの気持ち……『が~~~ん……』」 「が~~~ん?」 「そそ、上手だな~――」  玲人が書き順、浩二が表情と発声を担当して上手に教えていくのを横目に、夏樹は隆たちと考察の続きをしていた。 「今まででよく食べたのは何だった?」 「え~と……柔らかいものならだいたいは食べてくれますけど、きゅうりみたいなしっかりした触感の野菜はそのままだとダメですね。あと、お肉とかも角煮みたいに煮込んで柔らかくしておけば大丈夫ですけど、普通に焼いただけだと、飲み込めずにずっと口の中にあります」 「噛む力も弱いんだよな~……触感か~……」  隆が唸った。 「今日のは、全体的に柔らかめにしてくれてたんで食べやすかったんだと思います」 「そりゃまぁ、一応な。後は見た目だな」 「俺も見た目はいろいろ工夫してるんですけどね~……」  隆から習った飾り切りをしてみたり、キャラ弁みたいな感じにしてみたり…… 「すげぇじゃねぇか。こんなにしてもダメなのか?」  夏樹が、自分が作った料理の写真を見せると、隆が珍しく褒めてくれた。  料理の師匠に褒められるのは嬉しい。 「喜んではくれますけど、今日ほどは食べられませんね」 「じゃあ……一回に食べる量を減らして、回数を増やすとかは?」 「あ~なるほど」 「あと、雪ちゃんの場合は口の中に意識が向くと飲み込めなくなるみたいだから、何か気を逸らしながら……だな」  斎の提案に夏樹と隆もうんうんと頷く。  出来ることから、いろいろ試してみるしかない。  毎日、今日のように美味しそうに食べてくれるようになればいいな…… ***  夜になって、兄さん連中が晩飯を食べ終わると、玲人がギターを持ってきた。  兄さん連中が集まって酒が入ると、たいてい弾き語りやカラオケが始まるのだが…… 「あれ?今日は誰が弾くんですか?晃さんいないのに」  他の兄さんたちも弾けるのは知っているが、晃以外はあまり弾かない。  面倒だからとカラオケにしてしまう。 「んなもん、ナツに決まってんだろ」 「……はい!?」 「初めてアキに教えてもらったやつ弾いてみろ」 「え、待って下さい!何で俺!?」  初めて教えてもらったやつって、高校時代に教えてもらったやつだろう!?  何でいきなりそんな…… 「そりゃ、雪ちゃんはあの歌が好きだからだよ」 「……へ?」  裕也がタブレットを取り出して映像を再生した。   「うっわ……それかぁ~~……」  タブレットから流れて来る若かりし日の自分の歌声に、全身がむず痒くなって思わず顔をしかめた。  前回別荘に来ていた時に、裕也が雪夜に見せたと言っていたのがこの動画なのだろう。   「ナツ、はい頑張れ~」 「え~……ちょっと待って、俺マジでギター久々に触るんですけど……」  玲人からギターを受け取り、渋々ながら指の位置を確認した。  そりゃまぁ覚えてはいる……と思うけど…… 「なちゅしゃん!こえなぁに?」 「え?あぁ、これはギターだよ。アコースティックギターね」 「いた~?」 「うん、ギターね」  夏樹が適当に音を出してチューニングをしていると、雪夜が興味津々でギターに食いついて来た。  そうか……3歳の頃はギターも知らないのか……あ、だからか。  その時、ようやく裕也が夏樹に弾かせようとした意味がわかった。  雪夜が気に入っていたという夏樹の弾き語り。  その曲を聴かせたら何か思い出すかも……ってことかな? 「久々だから途中で間違えたらごめんね」  夏樹が雪夜に先に断っていると、 「ナツ、1音間違えたら1変顔な」 「え!?絶対イヤです!!」 「間違えなきゃいいだけじゃねぇか。俺やっさしぃ~!」 「はいはい、わかりましたよ!!」  浩二のせいで、絶対に間違えられなくなった。  変顔するのはイヤだ!! 「なっちゃん、がんば~!」 「なちゅしゃん!が~んば~!」  雪夜が裕也の真似をして、両手をあげてブンブンと振った。  え、やだもう可愛っ!!  俺絶対間違えないっ!! 「ありがと、雪夜~!頑張るよ~!」  夏樹も手を振り返す。  まぁ……そんなテンションの歌じゃないんだけどね!?  めっちゃバラードなんだよな、この曲……  夏樹は苦笑しながら数年ぶりに弾き語りをした――…… ***

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